今月の頭、会社のダイスキな先輩のお父様が亡くなりました。
ちょうど先輩が2度目の子宮筋腫の手術をするちょっと前に
お父様のがんも発覚して
なんだか本当にいろいろ大変だったはずなのに
そんな大変さは全くみせないヒトで。
お父様も人工肛門になったりしても、それでも気丈に
元気を取り戻してお仕事されてたんだけどね
9月の半ばに倒れてから、どんどん容態が悪化して
どうもいろんなところに転移していたらしい。
葬儀は家族葬にしたいというお父様の希望もあり
親族のみで行われることになって
社長のみが出席ということでお伺いすることはできなかったのだけど
翌日社長が「すごくすてきな文章だよ」とこっそりお礼状を見せてくれて。
内容は喪主であるお母様がしたためたお手紙みたいになっていて
「どんなに仕事が忙しくても一緒にごはんを食べてくれるヒトでした。
休みの日、ダイスキな山に登るために早起きで出かける顔は
いつになっても子供のようでした。
今もまたきっと山を登っているのでしょう。
みなさんもどこかの山で逢ったら、そのときはどうぞよろしくお願いします。」
みたいな。
もうちょっと長く綺麗な言葉で書かれた文章だったけど
頭の中に残った言葉をつなげて書いてます。
お母様のお父様への愛情がものすごく伝わるいいお礼状だと思いました。
家族葬ならではなのでしょうか。
とっても素敵だと思いました。
アタシは自分からいろいろ聞いたり
自分からヒトに寄っていける柔軟性をなかなか持てずにいるので
(いや、やらないだけで、言い訳です)
先輩にも普通に接することしかできず
いつもと変わらないバカ言って笑う毎日を過ごしていました。
けど、昨日珍しくも「お昼食べいこう」と誘われて。
「父の延命処置をしないことに決めたんだ。
だから近いうちに仕事少し迷惑かけることになっちゃうけど
ごめんね。よろしくね。」
と話してくれた時以来のお誘いでした。
始めは学生のときのあるあるなんかを
2人でバカ言いながら話してたんだけど
うちのおとんの親友の病状の話からお父様の最後の話になって
たくさんたくさん吐き出してくれました。
タイミングがあってよかった。
自分が話したいときに話せるのが一番いいと想うから。
お父様の葬儀を決めるとき
本当に家族葬にするべきかやっぱり悩んだらしく
でも、葬儀屋さんに行ったときにたまたま
「今夜家族葬をされる方の準備をしているのですが見ていかれますか?」
って言われたんだって。
部屋に入ったら目の前に祭壇とたっくさんの綺麗なお花があって
その前に椅子がぽつんとたった2個あるだけだったんだって。
「まだお若い方で奥様と息子さんの2名だけなんです」って。
「お友達もたくさんいらっしゃるのですが、今回はお断りするとのことで」って。
始めはびっくりしたらしいんだけど
なんかその雰囲気がとてもよくて
ゆっくり送ってあげれるような気がしたって。
映画で有名になった「おくりびと」のお仕事をされている方から
「お風呂に入れて差し上げませんか?」
って勧められたんだって。
最初は半信半疑だったけど
お風呂に入れてあげたら顔色もすこし好くなって
なんか全然違ったって。
順番に直接カラダを洗ってあげて。
おかあさんも「お父さんお風呂ダイスキだったから」
って少し嬉しそうだったって。
アタシは、とってもラッキーだから
この歳になってもまだ大切なヒトを
ぐちゃぐちゃなキモチになりながら看取ったことがなくて
一緒に住んでたおばあちゃんはボケてしまって
最後の最後まで元気に騒いでいて
一度も長い入院をすることもなく
縛られたりすることもなく
大往生でお家の自分のベットで
水差しでお味噌汁を飲んだ後
ホントに眠るようにすーっと息をひきとったから
なんだか大切なヒトの死がどのくらい苦しいのかわからないんだけど
でも、想うのは
自分で自分の父親の死期を決断して
自分で看取ったあのヒトが
それでも毎日気丈にバリバリ働いてるのをみて
ものすごく尊敬すると同時に、
アタシもがんばろうと想う。
周りに強いヒトがいてくれてるそのことが
なによりもアタシの奇跡だと想う。
その話をアタシにしてくれてるときも
彼女は一度も涙を流すことはなかった。
でも「いまでもこの決断でよかったのかって想うんだよね」
って言ってた。
みんな、いろんなもの抱えて生きてるね。
「生きてる私達は最悪はずっと回避してるんだから
だからね、最高なんだよね。
後悔しても生きてるからさ、だからね、最高なんだよね。
これからも沢山選ばなきゃいけない瞬間がでてくるけれど
どう進んでも生きてれば楽しいんだ。」
ってある日の日記でホネヌキマン様が言ってた。
アメだけどさ、
今日も今日なりに最高な一日を過ごしましょー!
ちょうど先輩が2度目の子宮筋腫の手術をするちょっと前に
お父様のがんも発覚して
なんだか本当にいろいろ大変だったはずなのに
そんな大変さは全くみせないヒトで。
お父様も人工肛門になったりしても、それでも気丈に
元気を取り戻してお仕事されてたんだけどね
9月の半ばに倒れてから、どんどん容態が悪化して
どうもいろんなところに転移していたらしい。
葬儀は家族葬にしたいというお父様の希望もあり
親族のみで行われることになって
社長のみが出席ということでお伺いすることはできなかったのだけど
翌日社長が「すごくすてきな文章だよ」とこっそりお礼状を見せてくれて。
内容は喪主であるお母様がしたためたお手紙みたいになっていて
「どんなに仕事が忙しくても一緒にごはんを食べてくれるヒトでした。
休みの日、ダイスキな山に登るために早起きで出かける顔は
いつになっても子供のようでした。
今もまたきっと山を登っているのでしょう。
みなさんもどこかの山で逢ったら、そのときはどうぞよろしくお願いします。」
みたいな。
もうちょっと長く綺麗な言葉で書かれた文章だったけど
頭の中に残った言葉をつなげて書いてます。
お母様のお父様への愛情がものすごく伝わるいいお礼状だと思いました。
家族葬ならではなのでしょうか。
とっても素敵だと思いました。
アタシは自分からいろいろ聞いたり
自分からヒトに寄っていける柔軟性をなかなか持てずにいるので
(いや、やらないだけで、言い訳です)
先輩にも普通に接することしかできず
いつもと変わらないバカ言って笑う毎日を過ごしていました。
けど、昨日珍しくも「お昼食べいこう」と誘われて。
「父の延命処置をしないことに決めたんだ。
だから近いうちに仕事少し迷惑かけることになっちゃうけど
ごめんね。よろしくね。」
と話してくれた時以来のお誘いでした。
始めは学生のときのあるあるなんかを
2人でバカ言いながら話してたんだけど
うちのおとんの親友の病状の話からお父様の最後の話になって
たくさんたくさん吐き出してくれました。
タイミングがあってよかった。
自分が話したいときに話せるのが一番いいと想うから。
お父様の葬儀を決めるとき
本当に家族葬にするべきかやっぱり悩んだらしく
でも、葬儀屋さんに行ったときにたまたま
「今夜家族葬をされる方の準備をしているのですが見ていかれますか?」
って言われたんだって。
部屋に入ったら目の前に祭壇とたっくさんの綺麗なお花があって
その前に椅子がぽつんとたった2個あるだけだったんだって。
「まだお若い方で奥様と息子さんの2名だけなんです」って。
「お友達もたくさんいらっしゃるのですが、今回はお断りするとのことで」って。
始めはびっくりしたらしいんだけど
なんかその雰囲気がとてもよくて
ゆっくり送ってあげれるような気がしたって。
映画で有名になった「おくりびと」のお仕事をされている方から
「お風呂に入れて差し上げませんか?」
って勧められたんだって。
最初は半信半疑だったけど
お風呂に入れてあげたら顔色もすこし好くなって
なんか全然違ったって。
順番に直接カラダを洗ってあげて。
おかあさんも「お父さんお風呂ダイスキだったから」
って少し嬉しそうだったって。
アタシは、とってもラッキーだから
この歳になってもまだ大切なヒトを
ぐちゃぐちゃなキモチになりながら看取ったことがなくて
一緒に住んでたおばあちゃんはボケてしまって
最後の最後まで元気に騒いでいて
一度も長い入院をすることもなく
縛られたりすることもなく
大往生でお家の自分のベットで
水差しでお味噌汁を飲んだ後
ホントに眠るようにすーっと息をひきとったから
なんだか大切なヒトの死がどのくらい苦しいのかわからないんだけど
でも、想うのは
自分で自分の父親の死期を決断して
自分で看取ったあのヒトが
それでも毎日気丈にバリバリ働いてるのをみて
ものすごく尊敬すると同時に、
アタシもがんばろうと想う。
周りに強いヒトがいてくれてるそのことが
なによりもアタシの奇跡だと想う。
その話をアタシにしてくれてるときも
彼女は一度も涙を流すことはなかった。
でも「いまでもこの決断でよかったのかって想うんだよね」
って言ってた。
みんな、いろんなもの抱えて生きてるね。
「生きてる私達は最悪はずっと回避してるんだから
だからね、最高なんだよね。
後悔しても生きてるからさ、だからね、最高なんだよね。
これからも沢山選ばなきゃいけない瞬間がでてくるけれど
どう進んでも生きてれば楽しいんだ。」
ってある日の日記でホネヌキマン様が言ってた。
アメだけどさ、
今日も今日なりに最高な一日を過ごしましょー!