まだうまく言語化ができないけど


わたしがセラピストを紆余曲折ありながらも続けられているのは


触れる行為に祝福を感じるからーー


生命への祝福

機能的な生命というよりも

存在そのものへの祝福ーーー


そこにはなんの条件もない

肩書きやこれまでの歩みも


ただ

共に在る


だからきっと

例えばどんなに極悪人の方でも(もちろん好みではないけども)

例えば、例えが出てこないけども笑

天皇陛下さまでも

同じな気がする


あーうまくまとめられない