エピソード0
地元のこの喫茶室が居心地が良かった。
高校生から喫茶室に入り浸りなど、不良か?と思われそうだが、母とモーニングセットを食べてからのファンなのだ。ここのマスター夫婦とともに。
ご夫婦には、小学生の一人娘がいるのだが、ご夫婦喫茶室を営んでいるので、住まいではなくこちらに帰ってくるのである。宿題をお店のテーブルで広げるので、私が家庭教師の真似事で見てあげている。
幼少の頃から、店の空間にいて客のは会話も勝手に入ってくるので、おませな娘だ。
高校生の私に「たっちゃん、彼女とかいるの?」「いないなら、バレンタインデーにチョコあげようか?」なんて生意気なことを言う。
お陰様で、高校時代は毎年手づくりチョコをもらっていた。
大学は地元を離れ、その土地で就職し、三十後半に体調を崩し、地元へ帰った。
この喫茶室は、まだ営業していた、
ご夫婦も健在だ。少し歳はとったが。娘はフリーランスのライターで実家に帰るのは年に数えるほどらしい。
奥さんから「たっちゃん、しばらく、でも変わらないわねー」「いつも、まいが、お世話になったわねー」
『こちらこそご無沙汰しております。』『体調崩しまして、地元へ戻って来ました。』『今はこっちで仕事を探しています。』
「そうだったのか-大変だったね-」
「うちらも大分、歳を取ってそろそろ店じまいかな-なんて考えているよ。」
「まい、も糸が切れた凧のようにあちこち飛び回ってここのも帰ってこないのよ。」
『えー、久しぶりに来て、何も変わってないなぁって思っていたんだけどね。』
「時は過ぎていくものなんだよ。」寂しそうに老いたマスターは言った。