イソップ童話の 有名な昔話で

誤って泉に 斧を落としてしまった 木こりが

 

あなたの落とした斧は、金の斧?銀の斧?

と 泉の女神様に 聞かれ

鉄の斧 と答えると

 

正直さを 褒められて

金銀 両方の斧も もらってしまうという お話。

 

また、仏陀も

人は 生まれながらに 口の中に

斧を 持っている と言っている。

 

これは、人も自分も 傷つける術を

生まれながらに 持ち合わせているので

 

言葉には 十分 気をつけなさい

という事だろうが

 

なぜ 斧なのだろう。

斧は 単に道具で、それ自体には

何の脅威もない。

 

むしろ、狩猟や農耕生活には

必需品だろう。

 

しかし、使う方向性や 意図が変わると

 

それは 単なる道具から 凶器になってしまう。

 

言葉も それ自体は

善でも 悪でもなく

 

コミュニケーションの 道具だ。

 

しかし 怒りの感情が 加わると

思わぬほどの 力を放ってしまう。

 

力のままに 振り上げられた 斧は

まっすぐに 傷つける 目的を持ち

相手に 振り下ろされる。

 

操る人により

 

刃物にも

暖かな ブランケットにも

劇薬にも 良薬にもなる。

 

私の放った言葉が 誰かの心の泉に

 

どのように 落ちて行っただろう。

何気ない 一言が

 

相手には どのように 受け取られたのだろう。

 

その人の 心の中に

単なる 日常の やり取りとして

 

薪を作るために 木を割るような

日々の生活の 一部として

鉄の斧のように 落ちて行ったか

 

勇気づけたり いたわったり

ちょっと 大事なものとして 

金や 銀の斧となり 落ちていったか。

 

あなたの為に 言ったの

それが 分からないなんて

という 気持ちが入った 言葉は

 

金銀の メッキのついた

錆びた斧のように

きっと 泉の水を 汚してしまう。

しかし 率直な言葉でも

心からの 愛のこもった 言葉ならば

 

相手の中で

金や銀に 姿を変えるのかもしれない。

手入れの 行き届かない 斧で

誰かを 傷つけぬよう

 

汚れた斧で

他人(ひと)の泉を 汚さぬよう

 

日頃から きちんと 斧の手入れをしながら

大事に 使ってゆこうと思う。