あ大洪水による大きな被害により、河川の改修への要望が高まったが、工事着手までには幾重もの困難があった。沖野忠雄により淀川高水防御工事計画を内務大臣に提出され、その後の河川法の制定などによりわが国最初の本格的な治水工事が開始されることになった。範囲は琵琶湖から大阪湾に及んだ。明治43年までの約14年にもわたる歳月をかけて完成された。