こんにちは、

卒業、入学シーズンなので思い出したことがあります。

 

大学受験を、イメージ(妄想)で乗り切りました。

どうしても行きたい大学があって、そこで勉強したかったのです。

 

娘の大学受験が心配でヒヤヒヤな母は、私にいくつかの滑り止めを受験するようにすすめました。

ワタシ:『この学校に入るイメージできたから、多分この大学受かるわ。』

母:「またイメージかぁぁ、イメージ、イメージってイメージで学校受かったら、誰も苦労せんわぁ〜」

ほんと、苦労せんわー!なのですが、若かりし頃の私は、いい意味でどっかにいっていました。

 

とりあえずどこかの大学に受かってほしいと望む高校中の先生が、代わる代わる説得をしに来たのを覚えています。

もちろん私は聞く耳もたず。

母も「あの子が決めたんなら...何を言ってもムダなので...」と担任にも言っていたそうです。

母は私の受験の年、円形脱毛症になっていたらしいです。。

「も〜、あきらめた〜」って母はよく言っていました。

親離れ、子離れの過程ですよね。

諦めてもらえて、本当に感謝です。

 

そして、私はミラクルにミラクルが重なって、なぜか志望校に入学できました。(注:一生懸命やりました!)

母:「もうじゅうぶん親孝行してもらえました。ありがとう。」なんて言ってました。

今思えば、大学受験なんて人生での大したことではないのですが、その頃は必死ですもんね。

その時、その時の『本気』の力って、あらゆるエネルギーを動かす!!!と感じました。

 

家族の中で私だけがこんな性格だったか?というと、そうではなさそうで

私の父は、家族から見ても「変なヒト」でした。

我が道を行くタイプで、自分一人で楽しい人でした。

ワタシ:『あした、雨ふるのかなぁ〜?』

父:「どうしたいんや?」

ワタシ:『晴れた方がうれしい。』

父:「よっしゃ、わかった。」

ワタシ:『???、何この会話。。。』

そして、ほぼ100%で天気を操作できる人でした。

 

その頃は気づきませんでしたが、父はいつでもイメージ重視で生きていたような人でした。

そして、いわゆる一般的な常識からズレた人だったからなのか、人を否定せず認められる人でした。

ズレてはいますが、迷いがない生き方だからなのか、周りからも認められた変キャラでした。

 

ここ数年で、私はレイキに出会い、引き寄せなどスピリチュエルを考えるたびに思うことがあります。

やはり、スピリチュエルに生きるっていうのは、素の状態に戻るということだと思います。

生きていると次々と余計なものを纏いがちで、素の状態から離れた所に行ってしまうように感じます。

 

このように高校時代、大学時代、就職においても、ミラクルと言えるようなことが 4年に一度ほど訪れていました。

でも、そこには崖っぷちや、かなり追い詰められる状況もあり、山あり谷ありでした。

4年に一度でなくても、もっと頻繁にミラクルが起こればいいのに〜って思いますよね。

レイキをする前は、かなり底まで落ちて『もうダメだぁ...』となってからじゃないと

自分の中の感情を動かせなかったのでしょう。

レイキを始めてからも、山も谷もありますが、なだらかになり、イメージして頻度に現実を動かせるようになりました。

 

ありがとうございました。

 


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