美しさへの執着がすごい
って気づいた

浴衣を着て出かけて

見知らぬ人たちに美人ですねやら綺麗やら言われて


それが数日たった今でも忘れない思い出になっている
周りの目、しかも、知りもしない人からの肯定を大事にしてる

なんなら、
家族や友達、恋人からの言葉にはそれ程価値を感じない なぜだろう?
いや、そもそも

もはや親しい人達からそのような言葉をかけてもらえたのはいつだろうか?

私をよく知った人からは、美しいとは言われなくなる


そういえばいつもこうだな 昔からこうだ

私を知る人達は、私の内面とか言動も含めて

総合的に客観的に私をみて
私の美しさってやつの総合点を

下方修正していくのかな


今気づいたけど、

自分自身も

自分に対してそうやって

ダメ出し否定して

下方修正してるな


美しさって本来

多様性があって画一的なものじゃないはずだ


でも自分は

肌は白くてきめが整っていて

目は大きくてまつげは長くて

脚はモデルのように細くて

太ったら醜い

皆に好かれるように、

嫌われないように空気よんでいなきゃ

上品でスマートにこなさなきゃ

とか、もっともっと沢山の

ルールで縛ってたな


私が信じていた美しさって

企業やら世間に信じ込まされた価値観で

だから世間的に人気のモノや著名人の

真似をするのが正しくて安心してた


自分の自由な感性を

犠牲にしてきてしまっていた


思い込まされた美しさで縛られた自分が

自分の価値になっていて

だから失うわけにはいかなくて
執着して
でもどこまでいっても満足なんてできないし
足りてないことに自分を責めて

それが自信のなさに拍車をかけて


綺麗で美しい自分が

自分を幸せにするどころか

逆に辛くしてた



こんなことずっとやってたのかー

なんだか、我ながらしょうもない

でも今心は軽い


このままの、
とびきりの美人でもない

中途半端な顔で

中途半端は身長体重の

毎日毎日年をとって

成長曲線が緩やかに下って老いていく

そんな自分を

そのまま認められますように、、

大好きであれますように、、


そして、自分だけの

自由で豊かな感性を取り戻したい

その美しさで堂々と輝いていたい、、


うん、やっぱりそのほうが

心は軽くなる



久しぶりの日記で長文になりすぎた

まあいいか