モンゴルの東ゴビ地域に生まれたダンザンラヴジャーという男子が、5歳まで父と物乞いの生活をおくりました。 ある日のことです。坊さんの持ち物である馬を見て、「それ、わしの馬だから返してくれ!」あの坊さんが驚きながら理由を確かめると、自分の過去世を語ってくれ、さらに9歳のときは、第5代活仏として認定されたものです。 

 

彼は、16歳までチベット仏教のことを完全に習得し、宗派のひとつである「赤宗派」のほうがモンゴル国民に合うと決め、広げるために努力を払ってくれた。 いくら54歳まで生きた、活仏というより偉大な人、才能がある人とも言えるこの人物が作った作品はモンゴルの当時の文明に多大な影響を与えてくれた。 詩人としての詩300、劇作家として書いた劇の脚本10、歌の100くらいの書物、モンゴル語の小説200、チベット語小説は180くらい書いたと言われる。

 

                       

 

 1830年に作った「サラン・フフー」という劇は現在でも出演されています。また今でもモンゴル人皆に歌われている「ウレムジーン・チャナル」という歌が、女の人の美しさを褒めたもので、「仙姿玉質」に意味が近いものです。 建築家として新設した寺院は南ゴビにある「デミチョゴ寺院を始め、8軒のお寺があり、デミチョゴ寺院は現代もパワースポットが含めている地域として有名です。 

 

東ゴビのハマリン寺院と南ゴビのデミチョゴ寺院は世界エネルギー中心部といわれ、これは、(シャンバラ・ランド)知的啓発聖地という意味に近いです。 つまりは、この寺院が位置する聖地に巡礼で行ったら悪を離れ善を修むることができ、心を清らかにするということで、彼の教えは、「人間は自らの精神や精霊によりシャンバラ・ランドに到着、身も心もパワーチャージすることも可能」といったものです。

 

 「知的啓発聖地に到着するべき2つだけのチャンネルがあり、一つ目はチベットのカイラス山で、二つ目はモンゴルのゴビ地域にある」と活仏が判定した。 1845年活仏様により建立されたハマリン寺院の北側の丘で読経したといわれる。

 

その意味は、「この聖地(東ゴビ寺院)を訪れて誰でも死後、あの世に行き、活仏に会えるようなお祈り」だそうです。 女性・さそり・白鳥のことを大事にしながら信仰し、つまり、主なシンボルとしていた。 その解説は、女の人はもちろん大事で、白鳥は恋愛として、さそりは自己責任(全ての責任は自分にあると考えろ)のシンボルだったそうです。 

 

 

 

また、啓蒙家として教育の活動を行い、公教育に多大な努力を払い、女性と子ども、劇場、博物館、図書館で学ぶ非宗教的公立学校を設立した。 医師や薬剤師として地元の人々の健康のため、脈診しながら病気を診断し、薬草から作った薬でいろんな病気を治療していた。 2006年に、ユネスコの決定により、ゴビ地帯の5代目活仏ダンザンラヴジャーの死去150周年が国際的に祝われたことがある。

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