一日一日を大切にするようになりました

 

はじめに-体験談を寄稿するにあたり

 

体調が悪くなってから手術を受け退院の日を迎えるまで、多くの医療関係者に大変お世話になりました。

とりわけ適切に処置・指示をくださった地元のクリニック院長、感染性心内膜炎と診断してくれた総合病院の循環器内科の女性医師、執刀いただいた大学病院の若き心臓外科医には本当にお世話になりました。また、何より支えてくれた妻に本当に感謝しています。

 

この感謝の気持ちをどのように世間様にお返ししようかと考え、定期的な献血を決意しましたが、輸血を受けた人は献血ができないと分かり、断念。代わりに少しでもお役に立てればと思い、今回体験談を投稿させていただくことにしました。

 

 

術後14カ月後:家族との昼下がり。かなり元気になった。

涙が止まらなかった手術前夜

2019年12月22日、これまで経験したことのない倦怠感と、肩甲骨・背部肋骨周辺に意識を失うほどの激痛に襲われました。

ただ事ではないと、地元のクリニックを受診。当初はリウマチ性多発筋痛症や膠原病が疑われましたが原因はわかりませんでした。しかしクリニックの院長は、総合病院に転院してしっかりと原因を究明するよう指導してくれました。

 

総合病院へ転院し、検査を経て診断されたのは菌血症。初めて体に異変を感じてから、26日後の2020年1月16日のことでした。翌日に緊急入院し、その後の経食道心エコー検査などを受けて1週間後に感染性心内膜炎と診断されました。感染性心内膜炎の原因は連鎖球菌が血液に入り込み心臓の内側に付着したためでしたが、睡眠不足と過労で抵抗力が低下したことが引き金となったようです。

 

入院して、胸・頭部のCTやMRI、経食道心エコー、血液検査を受けながら、ペニシリンを6週間静脈投与して快癒を目指しました。しかし「退院前の卒業試験」と言われた二度目の経食道心エコー検査では、感染性心内膜炎の症状が全く改善されていないことが判明したのです。

 

私は2016年に大動脈弁閉鎖不全症と診断され、2019年には血液の50%以上が逆流してると告げられました。「いずれ心臓の手術が必要になる」と指摘されていましたが、地域のリレーマラソンへの参加をはじめ、ゴルフや会食、夜を徹した業務でも体調面に不安を感じることはありませんでした。

 

しかし、感染性心内膜炎によって僧帽弁に疣贅(ゆうぜい:イボ状の細菌の塊)の付着が認められ、放置すると数年以内に高い確率で脳梗塞などを誘発するリスクがあると説明を受けました。疣贅の除去や僧帽弁の形成手術、大動脈弁の機械弁置換手術をできるだけ早く受けた方が良いと聞き、手術を受けることを決めました。

 

 

心エコーの比較画面:2020年1月22日(左)と2020年2月18日(右)

手術前日の夕方には、執刀医から手術や術後の経過に関する説明がありました。

再入院時に、疣贅を取ることで脳梗塞などの発症リスクは減少すること、大動脈弁の逆流は若いうちに手術をすることで健康的な生活をより早く取り戻せると説明がありましたが、前日には、術後にせん妄1の症状が出た際の病院側の対応や、人工呼吸器の抜管は苦しい場合があること、そして手術中事故の発生確率について丁寧に説明していただきました。

 

手術の覚悟は決めていました。しかし、二度と意識が戻らない場合があると告げられると今更ながらに不安に襲われ、大好きな妻に二度と会えなくなるかもしれないと思うとやるせない気持ちになりました。

 

 

手術前夜:妻との夕食。久し振りに結婚指輪を装着。入院中の規則正しい生活により体重が減少。装着することが出来た。

「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」とは、若き日の親鸞聖人が得度を受ける際にお話しされた言葉だそうですが、まさに「明日があるかどうかはわからない」という気持ちになりました。

 

まんじりともせず夜が更けていき、姉と勤め先の方数人に万が一の際には妻の力になってくれるようお願いを書きながら「なんでこんなことになったのか」と残念で涙が止まらなくなりました。

 

 

手術当日朝:手術室へ出発10分前。妻との写真。この時は既にまな板の上の鯉の心境。

1せん妄

手術などをきっかけに起きる意識精神障害で、特に高齢者に発症しやすいと言われています。

主な症状には妄想や幻覚、認知機能障害があり、一般的に数日〜1週間程度で収まります。

 

術後、体と心が癒えて前を向けるまで

いよいよ迎えた手術当日の2020年3月5日、疣贅の除去と大動脈弁の機械弁置換術、僧帽弁形成術を受けました。

 

手術時間は予定より長丁場になったものの、無事終了。翌日の昼に妻がICUに面会に来てくれました。痛みや視界の悪さなどが重なり意識が朦朧としていましたが、おぼろげに妻を見たときに「戻ってきた!」と嬉しく感じました。

 

ただ、私の場合、術後は様々な合併症が出て大変でした。

開胸手術による胸部と背部痛、激しいめまい、靄に包まれたような視界の悪さと浮遊感に悩まされました。さらに術後12日目には、頭部静脈からの出血性ショックが原因で言語障害が発生したのです。

再出血を防止するため抗凝固薬(ワルファリン)の投薬量を調整した関係で、今度は血液の凝固能を示すINR値がなかなか上昇せず、大学病院から地元の中核病院へ再転院して治療を続けました。

 

 

術後2日目:執刀医に車いすを押して頂いてICUから一般病棟へ

4月中旬に退院できるまで、妻はひと時の面会のために、毎週片道2時間半をかけて船にのり海を渡って会いに来てくれました。

入院中、妻と一緒に食べる昼食が何よりの楽しみでした。病棟の大窓から船が港に入るのを見ては喜び、妻をのせた帰りの船が岸を離れゆっくりと回頭して港外に出ていく際は、いつも煙が見えなくなるまで見送っていました。

 

手術のことは父母には伏せていましたが、早く元気になって顔が見たいと思っていました。事前に知らせていた姉は故郷から飛行機に乗って会いに来てくれ、とても嬉しかったのを覚えています。

また、職場の方々が遠路はるばる見舞いに来てくれました。長いお休みをいただいて申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつも、ありがたかったです。

 

 

手術直前のひな祭りの夕食

手術を受けて、今年の6月で27カ月が経過しました。

手術の痛みも和らぎ、頭痛やめまいもほとんどなくなりました。発語障害は直後に回復。当初は言葉の意味が理解しにくい、思い通りの言葉が出てこないなどの後遺症にも悩まされましたが、これらもほとんどなくなりました。

 

執刀医から「時間が癒してくれる。術後3日、3週間、3カ月、3年とどんどん回復していく」とお話しいただいた通り、私の場合は靄が晴れるのに3週間、痛みが和らいで仕事に復帰するのに3カ月、思った言葉を話せるようになるのに11カ月、色々なことに意欲が湧くのに18カ月かかりましたが、時間はゆっくりと静かに着実に病気と心を癒してくれています。

 

最近は、妻と二匹の柴犬に囲まれて楽しく暮らし、新しい職場では人事の仕事に取り組んでいます。まだまだひよっこですが、これまでの経験を活かして少しでも役に立てるよう、皆さんから毎日千本ノックをいただいています。

また、すっかり弱くなってしまいましたがお酒も飲めるようになり、毎日の晩酌は私にはなくてはならないリフレッシュの時間となっています。

 

 

転院当日:新型コロナウイルス対策のためひとりぼっちの6人部屋。みなさん嬉しそうに退院していかれました。

 

術後23日目:厳重に新型コロナウイルス対策をしてフェリーに乗り再転院

自分の体と向き合う大切さ

今回手術が必要となった原因は、私の場合は「働きすぎ」と「睡眠不足」だと思っています。

 

初めて激しい痛みに襲われた日の前日には、勤め先の新工場の竣工記念式がありました。当時私は生産材を作る会社の代表取締役として、多忙な毎日を過ごしていました。

特に11月からは新工場の最終調整や試運転、監督官庁の受審対応、生産開始と初出荷に年末の繁忙期が重なり、連日連夜の長時間勤務にお客様との会食など、力任せの仕事ぶりでした。竣工記念式が終了し緊張の糸が解けて疲れが一気に押し寄せたのだろうと考えています。

 

 

新工場の竣工記念式

お世話になった皆様との記念写真

2016年に大動脈閉鎖不全と診断されて以降も、何ら生活に支障がなく、また心臓手術を受けなければならないという実感もわかず、何より仕事の楽しさにかまけて仕事人間を続けてしまったのは大きな反省です。

 

何気ない毎日も、大切な“勝負”の日

長年の無理と無茶がたたって体調を崩して手術を受けましたが、元気になった今、本当に一日一日を大切にするようになりました。

 

機械弁の置換を受けたので生涯、抗血液凝固薬と心筋保護薬を服用することとなりました。飲み忘れを防ぐために記録を毎日つけていますが、そのノートの表紙には「柴犬みたいに尻尾を上げろ!」「毎日が勝負!」など毎冊記しています。

まさに「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」です。

 

 

術後4カ月目:自宅前でのリハビリ。まだ胸帯付き。長期間の入院で体中の筋肉が減った。

日々回復し続ける私から、この体験談を読んでくださる方への一言

これから手術を受ける方は、不安や痛みに対する恐れを持たれていると思います。

 

私にはこれまでの仕事ずくめの生活や妻からの忠告を聞き流してきた反省しかありませんが、主治医と納得できるまで話をして、場合によってはセカンドオピニオンを求めても良いかと思います。

大切なことは自分がその医師を信頼できるかということだと思います。

 

「ゴットハンドと言われる名医を探さなくてよいのか」とか、「セカンドオピニオンを聞いたほうが良いのでは」とのアドバイスをいただきましたが、地元のクリニックから総合病院、大学病院まで全幅の信頼を置ける先生方に出会えました。皆さん、まっすぐに目を見て真摯に語りかけてくれる医師でした。

 

もし、信頼できる医師に巡り合えない場合は、セカンドオピニオンを受けるのも一つの手段だと思います。手術に最適な時期を含め、複数の医師から話を聞いて、自らの意思で判断をするしかありません。

少なくとも「早いうちに受診し、手術を受けていればよかった」と後悔しないように、今後の生活の質や予後が改善される可能性のある治療や手術を選択するのが良いのではないでしょうか。

 

 

術後5カ月目:退院後初めての家族集合。若いころ食べさせてあげられなかった北京ダックを注文。やり残しを一つ解消。

手術から27カ月が経過した今も、私は日に日に回復を続けています。

今は人事の仕事をしていますが、定年後には何かもの作りをして世界中に紹介する事業を立ち上げたいと思っています。またいつかワクワクする仕事ができる日を楽しみにしています。

8月22日 アニーを見る すごい 役者の人みんなすごい 
 
 
 

一年ぶりの脳神経外科の定期検査

 

 

260821 〇〇市立病院定期検査

 

 

10:00 過ぎ病院着。

 

最初にMRI 撮影。

 

 

その後、呼吸器内科〇〇医師。

 

喘息の吸入薬、今朝スピリーバ2吸入とパルミコート2吸入、夜スピリーバ2吸入回とパルミコート2吸入にしてるけど、スピリーバは1日1回2吸入しかだめだって。

明日からは、朝スピリーバ2吸入とパルミコート2吸入、夜パルミコート2吸入か、朝スピリーバ2吸入とパルミコート3吸入、夜パルミコート3吸入にして、苦しくなるようならシムビコート朝1吸入と夜シムビコート1吸入を追加する事になった。

それでも苦しくなるようならサルタノールを使うことになった。

 

スピリーバはサルタノールと同じ気管支拡張剤だけどβ遮断薬ではないタイフだからドキドキしにくい。

シムビコートには気管支拡張剤の薬剤も入っているので多用すると心臓がドキドキしてしまうから、ステロイドだけど心臓がドキドキしにくいパルミコート主体の構成になった。

 

 

11:30 耳鼻咽喉科 〇〇医師

 

今耳鼻咽喉科終わった。

鼻は風邪の影響あり浮腫強くなってるらしい。

鼻ポリープがまたできた訳ではないとのこと。

粘りけの高い鼻水がたまっているので吸ってくれた。

耳は右も左も耳かきで傷ができていて特に右側は血だらけ、左も血豆が出来ているらしい。

外耳炎。

右耳の後ろや首筋痛いのは外耳炎のため首筋の筋肉痛みたいになっているみたいなものだって。

中耳炎は今のところない。

今後耳かき絶対禁止だって。

点耳薬3本無くなるまで両耳に使いなさいって。

必ず人肌に暖めてから使うこと。

また、点耳したら10分間耳を上にして染み渡らせないといけないらしい。

耳の聞こえは前と変わらず。

多少のでこみ引っ込みはあるが、検査結果も前と同じ感じ。

補聴器つけても左耳が右耳みたいに良くはならない。

 

 

12:40:脳神経外科:〇〇医師

 

血圧114の69、脈拍45

 

診察終了した。13:08

 

微小脳出血は去年から増えてない。

新しく出血や梗塞ができたら白く写るらしいが、去年の画像と見比べたところ変化ないとのこと。

運動による脳出血のリスクについては、長い期間高い血圧の人と運動により一時的に高い血圧になる人を比べると、長い期間血圧が高い人のほうが脳出血を起こすリスクは高いとのこと。

また、微小脳出血については気をしても仕方がない。

どうしようもないため。

運動しても大丈夫。

ボクシングのようなのは止めたほうが良いが普通の運動なら大丈夫とのこと。

ワーファリンを飲んでいること話すと、ワーファリンは血小板につく凝固因子の働きを阻害するため血が固まりにくくなるもので、出血しやすくなるわけではないとのこと。

サーフィンについて聞くと、いいですね。

とのこと。

脳については問題ないとのこと。

ワーファリンを飲んでいるのでケガすると血が止まりにくいため、ボードのフィンでケガをしないようにとのこと。

脳の萎縮について聞くと、前頭葉部分が同年代より萎縮してすきまがあり、画像に白く写るところがある。

ただし、この隙間があるからと言って性格が変わるかというとそうとも言えない。

前頭葉を半分無くした場合でも変わらないこともある。

認知機能は脳の海馬という部分が関係するが、認知症で機能の落ちた人は海馬の横が白くなるらしいが私の場合はそうなっていない。

一部白いのは脳の中の水であり問題ない。脳には様々な分野で、手足を動かしたり言葉を理解したりその他いろいろ説明があったが、神経細胞は一度壊れると増えることはない。

しかし神経細胞の数というよりは細胞の結びつきやつながりである。

だから、普通の生活をしていれは良い。

脳トレは良いとテレビで言ってるが良くわかっていない。

脳トレをしなくても普通に生活していれば良いとのこと。

すこし安心した気がする。

確かに微小脳出血を気にしても解らない。

普段の血圧を上がりすぎないようにコントロールして、脳出血のリスクを減らしながら、アレルギーや心臓のコントロールをして暮らすしかない。

そうしよう。

 

 

これから会計。

今、13:33

 

おしゃれな海を見える喫茶店にて

 

 

2026/7/18(土)

 

9:48 診察終わった。

         INR2.1で問題なし。

  顔の傷のところは人工弁入ってるのを知ってて皮膚科の医者が出したなら大丈夫だろうって。

  ただ弁膜症の手術したとは言ったけど人工弁入っているとは言わなかったんだよね。

  しかし内服の抗生物質は副作用もあるから外用薬のほうが安全だって。

  だから塗り薬をしばらく塗ることにした。

  絆創膏貼っていかなかったからマスクのひもにあたる。

 

 

260608

〇〇市立病院

 

耳鼻咽喉科 〇〇医師

 

耳の聞こえが悪い件は次回、8月21日の脳神経外科の受診にあわせて通院して検査する。

 

鼻はむくみがあるが冬よりは良いが点鼻薬と飲み薬飲むこと。

診察は5分くらいで一瞬で終わったが耳も鼻もよく見てはくれた。

 

 

呼吸器内科 〇〇医師

 

喘息上を向いて寝ると苦しいこと話すも、数値的には定説では問題ない値になっているらしい。

年取り筋力が低下したためかといったらそんなに体力が落ちてはいないみたいだと言われた。

苦しいならパルミコート増やすてもあるとのこと。

ひとまずそのままにしていただいた。

 

 

診察の後はいつものとんかつやでとりからを食べました。

 

空から見た風景

 

2026/5/28(木)

 

21:46 なあ、〇〇。

 

   今日な、〇〇駅の〇〇線から〇〇駅の改札にいく一番長いエスカレーターで、お姉さん上から反対方向に降りてきたんやけど、転んで一番上から転がりそうになってん。

 

   とっさに隣のレーンに飛び移ってジャッキー・チェンみたいに助けようと思ってんけど、お姉さんなんとか立ち直ってん。

   結局なにもせえへんかったんやけど、飛び移って助けられたかな?

   お姉さんの上に落ちて一緒に転がり落ちて、お姉さんの上に乗ってこわ。って言ったかな。

 

   やるべきか、やらざるべきか。

   二次災害になってたかな?

 

21:48  二次災害になるで。やめとき

21:48  そうかな。

   ・・・・・

   ゆっくり休んでね。

 

 

おやすみ中の小梅ちゃん もう春なのにむくむく

 

2026/5/9(土)

 

9:01  診察終わった‼️

INR 2.1でちょうど良くなった。

健康診断のビリルビンてLDH が高いのは機械弁入ってるからで問題ないって。

耳はまた今度〇〇市立病院の耳鼻咽喉科の先生に診てもらう。

 

他は異常ないって。

260404

〇〇ハートクリニック受診

INR1.7

 

基準値を離れているが、最近美味しい「ふきみそ」や野菜鍋をたっぷり食べたためだと自分でもわかっている。

ひとまず野菜はセーブすることを条件に、薬の量は現状維持。

 

ここで調整してしまうと、食生活が戻った時に大きく跳ねてしまいそのあとの調整が大変になる。

 

この間、胸痛かった件、〇〇市立病院から〇〇ハートクリニックに診断結果が帰って来たそうだけど心臓に異常ないと書いてあったらしい。

 

クリニックの〇〇先生は、左肩や背中、顔の左半分に違和感があること明確に書いておいたのに、普通なら他の科と連携して調べるのだが〇〇病院の心臓外科は何もしていない。

 

心臓が大丈夫なら、じゃあなにだ?ということだ。とおこってくれた。

 

いよいよなら、〇〇大学病院を紹介するとのこと。

〇〇医師は、昔、私が心臓手術をしてもらった、〇〇大学に心臓手術の研修に行ったことがあったらしい。

その〇〇大学の心臓外科の先生と仲良くなったとのこと。

 

〇〇大学の談義で大笑いした。

3月12日

執刀医の〇〇先生からお電話をいただいた。

術後6年が経過していた。

懐かしい声は変わらないままだった。

「元気にされていますか?」とのこと。

ありがたい。

色々体調は良くないこともあるが、6年たって執刀医からお電話いただけるのは何ともありがたい。

気にかけてくれていたということか。

本当にうれしかった。

色々なことがあったこの6年間だった。

しかし、先生から、「元気そうですね。」というお言葉をいただいた。

これで私の術後は終わりにするべきなのかもしれない。

そろそろ潮時か。

これからは心臓の病気のことを忘れて、薬を飲むのと毎月の通院は忘れないようにして、新しい人生を生きるべきかもしれない。

お電話ありがとうございました。

3月12日の小梅ちゃん お散歩中

 

260306

 

 12:53  〇〇市立病院 心臓血管外科 〇〇医師診察

 

3月2日に胸の痛みと体調不良により、普段診察いただいている〇〇ハートクリニックからの診療情報提供書をもとに〇〇市立病院を緊急受診。

当日〇〇医師は別件手術のため診察できず、代わりに心臓血管外科〇〇医師が確認後、循環器内科〇〇医師に診察いただき検査していただいた。

 

その検査結果の説明。

 

今回の胸痛は、検査結果から心臓からの痛みではない。

狭心症も前回のCT診ても綺麗だからない。

今回の血液検査で白血球やCRP も○○の数値も上がっていない。

少し上がっているかなというのではなく、全く上がっていない。

エコーをみても問題ないとのこと。

僧坊弁の形成術をしたがそっちも問題ないか?聴いたところ、エコー画面とエコー診断書をチェックして問題ないとのこと。

 

結論として、痛みは心臓からの痛みではないとのこと。

〇〇ハートクリニックに診察結果を送っておくとのこと。

 

結局原因わからず。

心臓由来の痛みではないとするとどこからくる痛みなのか。

残念ながら理由はわからないとのことでした。

 

260306 13:03

 

 

(事前に聞いておきたいと思ったことのメモ)

 

 

呼吸器内科

肺小結節

声のかすれひどい

レボセチリジン 不足

モンテカルスト うつ傾向

喘息はレボセチリジンとモンテカルストの飲み薬とスピリーバとパルミコートの吸入薬でようやく落ち着きつつある。

ただしうつ傾向あり

 

心臓外科

胸の痛み

くっと握られるような痛み。

動いてるときも動かないときも時々なる。頻度が多くなった。初めてなったのは4年ほど前。

年1回くらいだったが半年に一回くらいになり、最近は二週間に一回、多い時は毎週一回くらい。

ニトロを飲むまでの強さはない。ただ4年ほど前の初めての時はトイレで小便してるときにくっとなり、だんだん強くなり座っていられないくらいになり救急車呼ぶか迷っているうちにだんだん治まり救急車は呼ばなくてすんだ。その後の〇〇市立病院の定期診察で冠攣縮性狭心症ではということでニトロをもらった。使用したことはない。

不整脈はなくなったプレカイニドをもらって劇的に減った。

他は気になるところは今ない。

 

耳鼻咽喉科

鼻は問題ないと思うが大きなかさぶた状の鼻くそが毎日喉の方に降りてくるようになった。

耳はいっそう聞こえなくなってきた。

仕事や日常会話にも支障出る。

耳鳴り激しくいつもシャーという大きな音が聞こえていて他の音を書き消している感じ。

補聴器は効果ないとのことだったが何かよい方法はないか。

呼吸器内科でも話すが声がすごくかすれる。

喘息治療でパルミコートとスピリーバを吸入している。以前はパルミコートを吸入しても声のかすれはなかった。

スピリーバを始めたからか?と呼吸器内科の先生に尋ねたが、パルミコートのせいだと言われた。なおらないものか。

 

お休み中の小梅ちゃん よく眠る

 

 

260301

〇〇ハートクリニック受診。

0815着

 

INR 1.92

 

先週からの胸痛、胸部不快感左肩首背中痛に加えて、朝から左の歯顔も痛くなったため受診。

先生に診てもらった。

心電図、レントゲン撮る。

 

2024年7月の受診当初時からレントゲン、心電図共に変化ない。とのこと。

 

レントゲンについては、心臓の大きさなども症状に合う所見は見られないとのこと。

 

紹介状を書くから〇〇市立病院に行き診察受けるようにとのこと。

具体的には受付で連絡とるように指導あり。

 

2月24日から胸痛あり

2月26日も会社で胸痛あり

2月28日あまりにも体調悪く 背中左側委託休日勤務日だが午後半休取得

3月1日ほぼ一日苦しい

3月2日〇〇ハートクリニックを受診 胸痛の原因わからず〇〇市立病院紹介を受ける

受診・検査するも結局心臓の痛みではないとのこと

じゃあ何の痛みか調べてほしい。

なかなか患者の思いは伝わらない。