世界には愛しかない | 雑記

雑記

お前に用はない

僕です。

 

学生服というやつはとてもドラマチックだ。

ブレザーよりセーラー服がいい。学ランがいい。

さらに着崩さない方がいい。

きれいに学生服を着た子供が大人に立ち向かう姿がアンバランスでドラマチックだ。

一人称は「ぼく」がいい。二人称は「きみ」がいい。

ジュブナイルのように青臭い「せかい」に立ち向かう物語が僕は好きだ。

 

 

普段の雑記とは違う書き方で始めてみました。

突然どうしたと思われたかもしれませんが、とにかく僕はそういうものが好きで、欅坂46にそんなあざとさを感じています。さすが秋元康。

もはやコテコテといえるレベルで大人への反抗を歌う楽曲と、その象徴といえるセンター。

かっこいい。サイレントマジョリティーでのインパクトもさることながら、世界には愛しかない、二人セゾンで見せる表情も印象的で、不協和音ではさらにその凛々しさに磨きをかけたというか。

 

僕は高校生までは割と優等生で、それでも文学とロックンロールをたしなむ程度には反骨心を隠し持っていました。

そういう内に秘めたなにかを、きっちり留めた釦の内側に潜ませた熱いものを表現していきたいと最近は常々思っています。

そうです、僕は今なかなかヤバい三十路です。

正しい意味での中二病をこじらせはじめた。16年越しの発症なのか、16年罹りっぱなしなのかは自分自身わかりませんが、いまだにロックンロールはずっと好きなままなのでおそらく後者でしょう。

 

そんな僕なのでつきひさんのブログがとても好きです。

少年少女が文字を書けばそれは文学になる、ということを証明してくれているようで。

僕もたまには少年のように激しく書き殴りたいと思うのですが、少々歳をとりすぎてしまった。

大人らしく周りを気にしてしまっている。

だからこそ、ありのままでは書けない想いをサイリウムの光に隠して、動画を作っていけたらなと。

不満なんか腐るほどありますから、それと同じだけ僕の頭の中はいろんなものが渦巻いている。

次回作も決まっているし、その次も、そのまた次も漠然とはいえ決めている。

ものを作るということはとても楽しい。

 

 

さて、おそらくこのブログを読んでいる方のほとんどはこの糞みたいな文章をゴシック体で読んでいると思います。

それだけゴシック体というものはありふれているということで、そんなありふれた字体で溢れんばかりの想いを表現できるわけがないんですよ。

やっぱりフォントにもこだわっていきたいと思うのです。

 

そんな僕の最近の悩みは、自分の名前がダサいこと。

本名はクソだせえし、りーみんで呼ばれる名前もかっこよくきまらない。

せっかく動画でかっこつけて名前出そうとしても、「けんけん」だの「けそけそ」だの「けそ」だの、間違っても「ミラバけっそ」なんて書けやしない。

じゃあ逃げでローマ字表記にするかとなったところで「keso」です。

だせえ。けそだせえ。けそくそだせえ。

普段こういうとこで使う分にはほどよくかわいらしさもあって嫌いじゃないんですが、いかんせんダサい。

もっとこう、かっこよさも兼ね備えた名前がうらやましい。

 

キャストで言うと、まあつきひでしょうね。こればっかりはさすがの西尾維新ということで。

ひよりとかはかわいさが強いし。ことりも。

みどりは現実感がやや強い。かおりもそんな感じ。

くれはもいいライン。あすなも中々いい気がする。

 

でも名前ってこうして考えてみると偉大ですよね。

みんな別の名前があるけど、僕らにとってはやっぱりキャストとしての名前がしっくりくるというか。

月火って見ても浮かぶのは阿良々木妹じゃないもんな。

名乗り続けて、呼ばれ続けるとその名前が身につくというか。

 

 

学生服の話から脱線しまくりやし、書き方もブレぶれやし、皆さん、これがダメなブログの例です。

次はもうちょっと精進します。

ほいじゃ。

 

 

最後の挨拶が全然しっくりこねえ……。