『標準化か職人化か』
私たちが就職したころにはっまだ太平洋戦争に参加し、終戦後大学に入り直し会社員になっていた人たちがいました。
その中で、取締役人事部長になっていた人の話です。
太平洋戦争は、航空機が主力となっていた時代でした。
各国の軍艦は、航空機の攻撃からの防御のため機関銃を大きくした機関砲による、対空砲火の配備しました。
英国海軍の『ポムポム砲』がよい例です。
日本海軍でも対空機関砲を装備し、要員の訓練にあたりました。
日本海軍には、猛訓練で水兵や、下士官を鍛え上げる「月月火水木金金」という言葉が残されているように、訓練中は休日も返上して訓練に励んでいました。
その成果か、日露戦争時、日本海海戦では日本とロシアの大砲の命中率は5:1の差があったといわれています。
話を太平洋戦争に戻します。
日本は訓練により、対空要員を射撃のプロ、職人に鍛え上げていました。
一方、アメリカは発想が異なっていました。
アメリカは、ごく普通の水兵が、ごく普通にが射撃し手、ごく普通に、敵機を撃墜する手立てを考えました。
端的な話、敵機が襲来する方向に対空砲の弾幕をカーテンのように等間隔に広い範囲にわたり作りました。
皆さんが、戦争中の映画を見ると、日本の神風特別攻撃隊が体当たりする前に撃墜される場面をご覧になるでしょう。
あれです。
また、マリアナ沖海戦時には対空砲弾にVT信管をセットしました。
通常の砲弾を爆発させる信管は、弾がものにあたったとき、ないしはある一定の高度にたっしたとき爆発するようにセットされていました。
一方、VT信管は、飛行機が、VT信管をセットした砲弾は、同砲弾のある一定の距離(確か5mか10m)以内の距離を通過すると爆発し、日本の飛行機を撃墜しました。
このように、発想が違っていましたが、結果的には、消耗戦となった太平洋戦争は、職人である、第一線の要員が戦死した後、素人に近い補充兵が射撃する、日本海軍は米軍機を撃墜できず、戦艦大和が沈んだ際、撃墜できたのは3機のみだったといわれています。
企業においても、多くの面で標準化と、専門化(職人化)が求められます。
営業部門や、不特定多数の,さほど専門背が求められない部門では、業務の標準化が、経理部門等高度の専門性が要求される部門では職人化が必要ですし、その方が効率性、生産性が高くなります。
今日はこの辺で
