動画で俊敏に、熱き心が、しかも生の声で孫正義ソフトバンクの素晴らしさが心から味わえたユーストとで逢う事が出来ました。
私もSBのミジンコの様な一株主ですが、現在から10年先の未来が感じられる言葉に心底感動いたしました。
今までSBの株と当時のライブドアの株だけは、儲けようとか、儲かるとかそんな事を一切きにせずに、事業をどのようにしてくれるのかを考えて直感的に買えた株でした。
以前ネットに接続するときに、ニフティサーブでもなく
マイクロソフトネットワークというのがあって、ダイヤルアップで
ピーひゃらピーひゃら言いながら、今となってみれば高いプロバイダ料と通話料を払っていたのを覚えています。
あの時からずっと、この先何の業種に未来があるのかを直感的に感じ疑わなかったのもしかりです。
ホームページを開いてそこに広告のオファーをかければどれだけのお金になるのかというのもあまり定まっていなかった頃に、これは広告業でぼろ設けできるなという事も肌で実感もしてました。
しかし私はその時、大量負債を抱えていた事業=稼業の元で働いていた
最中で、再建というキーワードに翻弄し、肉体労働ガンガンで睡眠時間一日3~4時間が続く中、それをきっぱり捨てて違う事業にかける事すらできないでいた自分がありましたし、自分がその新たな事業分野でのチャレンジができなかった事には能力と勉強する意志の弱さから、悔しさばかりを感じた時もありました。
そして2005年の秋頃ショックを受ける身内の死をきっかけに半分うつの様な気分になり、その頃から翌年の春のお彼岸が始まる少し前の2月頃までは途方にくれていましたが、自分をいつも信じてくれた親戚の一人からの無償の愛を感じとる事で、金だけでは決してはかれない何かを感じとり、振り返り悔む必要のない事に気付き、最後まで自分のブンと、社会で自分は何の役にたてれるのだろう、又はなんの役に立てているんだろう?ということばかりをそこから考え始める事が出来ました。
その様な事を噛み締めていた年が続きましたが、遅ればせながらも今となって強い意志を持つ事に至ったのも、情報革命程の大業ではないけれども、成長産業ではない成熟産業ではあるけれども、
文化として根付き、しかも人の心の中に根付いてきた慣習の中にある
事柄で人と人とを結びあう仕事をしていた事に目覚める事ができたからなのかなとも思います。
花と情報革命?これに接点はあるの?と思われる方も多いとは思いますが
花というキーワードは情報技術と同様、人と人とを繋ぐプラットフォームになっているように思えてなりません。
つまり、私がしている仕事とは「花」というキーワードで
ネット掲示板やツイッターなどのツールを使い、あらゆるコンテンツとライフスタイルを提案し創造する仕事なのだと仮定し、その実行に至り現在模索しながらも検証も同時並行で動いている中でも、強く信じているからなのです。
芸術・アートというコンテンツとしてとらえた時には大きなふくらみと、横の繋がりを持てる事もでき、そして多様化する事もできる。
その中から、新たなライフスタイルを生み出す事が出来るとすれば
結果としてそれが人々の喜びや希望にかわり、人々の目指す新たな道筋となり、新たに人と人とが繋がる輪が広がって行く事にもなるのだと感じます。
なんとなく理屈っぽくて分かりにくいですが、
人が生まれるときに、お花で祝い。
人が亡くなる時にも、お花で送り。
人のその体が滅びたとしても
花卉が飾られ送られている。
という事が現実として今でもあり、これから10年30年先も
贈る又は送る形式は変わっても、それ自体は消えないでいるという
確信が今あるという事なのです。
その点でいえば、そろばんの玉の数は確実に増えないし違いますが
志は孫正義ソフトバンクとなんら変わらないのかなと
わたしも勝手に解釈しています(笑)
自分の過去を振り返りながら、自分の今までとダブらせながら
孫氏の肉声からにじみ出た話を目にし耳にし、ぐっと来てしまい
まぶたが二日酔い状態になってしまいましたが、
何度も何度も見るたびに、素朴というのは大変大きな力を生み出し、
素朴であるがゆえに偉大な創業者である孫氏は素晴らしいなぁと
しみじみ感じたこの3日間でした。
これからを担う若い世代の方、とくに中学生や高校生に
ぜひこのVを見てもらい何かを感じとり、自分を縛る前に
自分の意思で何かが創造できたらいいなと感じます。
@ustream Check out 孫正義LIVE2011(全編)http://ustre.am/:os97