はなこのチックが始まってから丸3年経ち、
4年目になりました。
ここまでの経過と母親としての自分の気持ちの動きを忘れないうちにまとめておこうかな、と。
なので、文章グダグダです。
はじめて気づいたのは2年生の秋。
3年生の頃はほんとに毎日、
勝手にチックに一喜一憂してる自分がいたものです。
朝起きたらまず、はなこの今日の調子を確認するかのようにチックの強さを確認し、
学校から帰ってきたら帰っきたで、また確認。
自分が仕事しているときも、はなこが学校でチックで困ってないかなと気になる日々…。
3年生の時の一年間はチックの症状がけっこう強かったから、ひたすら本やネットでチックやトゥレットのことを調べて、調べ尽くして、心配しなくてもいいような、ありとあらゆることを心配し、勝手に不安になったりして、一人で悶々としていた。
あ、わたしがね。
おそらくはなこ自身はそれほど気にもしていなかったと思う。
今思えば。
年齢が低いのもあったし、はなこの周りはおかげさまでチックに対して触れてくる子がいなかったから。
息を大きく吸うチックのときだけは、周りが「大丈夫?」と心配してくれたくらい。
4年生もさまざまなチックが出てきて、もう何が癖で何がチックなのかも分からないくらいのオンパレードだったなぁ…。
でも、この頃からかな。
ようやくチックを受け入れることが出来るようになむてきて、少し気持ちが楽になってきたのは。
あ、わたしがね。
それは、ひと通り調べ尽くして、あとは「なるようになれ」と思えるようになったから。
そして、チックも“はなこの個性”のひとつ。
と思えるようになったのが大きかった。
はなこは、はじめからチックは自分のクセという気持ちで受け止めらことが出来ていたんだと思う。
だからこそ、チックが出ていようが学校で堂々と過ごしていたし、それが周りのみんなにも伝わって、みんなも気にも留めずにいてくれたんだろうなぁと思う。
わたしが一番ダメ子だったなぁ。
わたしが気にしすぎで、それをはなこが逆に感じるようになってしまったんだろうなぁ…。
だからあの時、
はなこが3年生の頃、
わたしがチックの症状が強いはなこに対して、勝手に憶測でいろいろと決めつけた時期があった。
そんなわたしの勝手な見方は、はなこにも当然伝わり、はなこはそれに反発して、すごくぶつかった。
もうほんとにひどい親子ゲンカを毎日していた。
今思えばひどい親。
最低、最悪だったと思う。
でも、これもある日、4年生になった頃かなぁ。
ふと、わたしが悟りの境地に入る。
はなこはむしろ感受性が豊かで繊細なだけなんだな。だからチックもそのひとつなだけなんだな。
はなこの本当の姿がわかった。
そんなわたしの思いの変化は当然、はなこへ伝わり、
はなこの反発がピタッとおさまった。
やっぱりはなこはすごく感受性が強い。
だから、こちらが心の奥底で思っていることもすぐに伝わる。
いいことも悪いことも。
だから生きづらいだろうなぁ。
そりゃ集団生活の学校とか疲れるよね。
よく頑張ってるよ。
5年生もチックは継続していた。
でも、もうわたしはよほどでない限り気にしなかった。
体が痛くなってしまうようなチックは少し気になるけど、基本、様子見でいる日々を過ごした。
そして、今年の6年生。
チックは、ある。
でも、3年生の頃より落ち着いてきた気がする。
はなこはわたしよりよっぽど大人だ。
はなこから、はなこのチックを通じて、
たくさん教わった。
この3年間で積み上げてきた親子の関係は濃い!
に尽きる。
わたしを親として、人として、
成長させてくれてありがとう。
はなこに感謝です。
こらからもよろしく。