昨日、思った。
お父さんのいない日常が
当たり前になってることに。
昨年の今頃は
何かにつけて、
お父さんがいない寂しさがつきまとっていたはずなのに。
物心ついた頃から手を合わせる習慣はあったんだけど、
昨年の今頃は、仏壇に手を合わせながら、
なんで、お父さんもそっちにいってしまったんだろう。
と、切なくなってたのに。
今は、
ご先祖様とおじいちゃん、おばあちゃん、
お兄ちゃん、
そして、お父さん、
と手を合わせるのが当たり前になってる。
親の死は
絶対に過去の出来事にすることが
出来ないと思ってた。
忙しく毎日を過ごしているうちに、
自分でも気づかないうちに、
お父さんの死を
過去の出来事として受け入れてることに
正直、びっくりしてる。
でも、まだ突然涙は溢れるよ。
孫とたわむれてるお父さんと同じくらいのおじいちゃんを見る度に、
胸が締め付けられる。
お父さんぐらいの人と話してると、
無性にお父さんに会いたくなる。
でも、わたしのお父さんは
もう仏様になったんだから。
短い間だったけど、
はなこやまること遊べるだけ遊んだし、
旅行も行ったし、
まるこには入院中、世話もしてもらったし(笑)。
わたし自身、
お父さんとの思い出
たくさんあるし。
と、受け入れられてる自分がいる。
時は、いろいろなことを変えてくれるね。
昨年の
つらくてつらくて、
悲しくて寂しくて、
どうしようもない想いでさえも
変えてくれる。
時が経つことにも
意味があるんだなぁ。