あっという間に3月ですね。

先月、35歳という節目を迎え、いろいろ思うところがあり書いてみたいと思います。

 

前々から、「書いて」と言われたこともあり、誰かの救いになるならと、自分の体験記をブログに書こうかと思ってはきたのですが、やっぱり筆が進まないと言うかパソコンに向き合えず、とうとう更新ゼロなまま何年も過ぎてしまいました。

 

家族問題、エホバの証人、モラハラ、DV…とネタには尽きないのですが、「それは諸刃の剣じゃないの?」と言う夫の鋭いつっこみその通りで、当時の記録を読み返すだけで自分が苦しくなり、心身ともにフリーズし、それはやはり、せっかく閉じた傷口をナイフでこじ開け、膿を出すような過酷な作業なのだと諦めました。

 

ただ、今思うことは、私はとても幸せだなということです。

幼い頃から心休まることがなく、死にたいと思うことは何度もあったし、自傷行為を繰り返してたこともあったし、20代〜30代初めにかけては毎日が生きるか死ぬかの日々で、いつ死んでいてもおかしくなかったと思うけれど、こうして今生かされているのは本当にありがたいことだなと感じるし、当時支えてくれた方達には心からありがとうと言いたいです。

 

私は今から4年前、毎日辛く苦しくて、自分の力ではもう無理、もう限界だと感じ神仏にでもすがりたいくらいの気持ちになった頃、幸福の科学の教えに出合いました。

 

宗教をやってる親に育てられ、元々神様を信じる心は持っていたけれど、そこから離れて以来、宗教は弱い人がやればいい、信じたい人が信じやすい宗教をやればいいんだと思っていました。

 

しかし、幸福の科学の教えを知ってしまったら、ヤバいこれは本物だと気付き、それ以来自分の身に起きてきた理解不能な艱難辛苦の意味がやっと分かり、それまでの人生がガラッと好転していきました。

 

宗教と聞くと、それだけで洗脳だ悪だカルトだと決めつける人や、自分は今の生活で十分幸せだという人、別にわざわざ宗教をやらなくてもいいんじゃないかと言う人もいるけれど、一度真理を知ってしまった立場から言わせて頂くと、ただ自分と家族だけの衣食住を快適にし、楽しく何十年か生きて安らかに死ねればそれでいいというのでは、あまりにも残念というか不幸としか言いようがないと思ってしまいます。

 

人として生かされてる者ならば、自分がなぜ生まれ、何を成し遂げ、死んだらどこへ行くのかくらい悟れなければ、命を与えて下さった神様に失礼なのではないかと思うのです。

 

私は今新しい家庭を築き、とても幸せではあるけれど、でも自分だけ幸せであればそれでいいとは思えないし、自分が経験したと同じような境遇にある女性や子供を救いたい助けたいと強く思います。弱い立場にある人たちの灯台の明かりでありたいと願っています。そう思っていると、最近そうした悩みや相談が私に集まってくるようになってきた気がしています。

 

千眼美子ちゃんが本の中で言っていたけど、私も幸福な人を増やしたいと思います。

自分は生まれてきて良かったんだと思える人を増やしたいです。

困難な状況にあるなら、それも意味があるのだと、自分にはそれだけの使命があるのだと信じて欲しいと思います。

そして自分は愛されているんだと感じて欲しいです。

 

その一助になれたのなら、私も幸せです。