思えば15年前、27年連れ添った最初のダンナに、
「私はもう妻も子供も要りません。彼女と生きていきたいです!」
と超個人的大借金がありながら、こんな宣言をされての最初の離婚でした。
目の前で実の父が言う言葉によって人間不信になった子供達。
自分達の周りでは、目一杯若さを謳歌している子たちが多い中、こんな思いをさせてしまった私は、責任を感じて暮らすしかありませんでした。
そんな時に私達親子の固くなった気持ちをほぐしてくれたのが元夫でした。
彼は私や子供達だけでなく、身内のことまで大切にしてくれました。
それは明るい将来を感じさせてくれる、新しい家族の始まりを確信していた頃のことです。
参考までに👇
そして、10年経ったいま、結果はご覧の通りです。
離婚した後も、私は何を間違ったのか、を考える日々でした。
もう離婚しちゃったんだからいいじゃない…
自分が進めてきた離婚だったんだし… そう思う自分がいます。
けれど出会いからの10年、あまりの落差があり過ぎていたことがどうも納得できてないのでしょうね。
でもこれ、いくら考えたところで結論なんて出るはずもなく、何が正しいとか、どうすれば良かったのかとかなんて、誰も分かるはずもありません。
それでも色々考え、ふるいにかけてみると、そこに残った感情は
「他の人ができる普通の生活が何故私にはできないのだろう」
ってことでした。
もちろん人はそれぞれ。生き方も違えば、考えも違います。
私の直接的離婚原因になった夫の風俗通いにしても、「たかが」という人もいるのは知っています。
いえ、「たかが」どころではなく、男なら普通のこと、と言ってしまう人もいるんですよね。
仮に男性にとってそれが普通であり、そのパートナーもそれを渋々でも大目に見ることができるなら、それも一つの在り方なのかもしれません。
なんといっても家族にとって、その「家族」というものの存在は唯一無二だと思います。
それを大切に思うのは当然な事ですし、私も過去の離婚の時はその思いがあったからこそ、なかなか踏ん切りがつかない経験もしてきました。(その時は風俗ではありませんでしたが)
そこには夫婦としてやってきた中で、山あり谷ありを超えてきた年月もあるでしょう。
また、当たり前の生活の中での一時の気の迷いで起こした問題であるなら、と目をつぶる事もあるかもしれません。
私がその選択をできなかったのはなぜだろう。。。
やはり、皆が普通にできる生活ができない私は、許容範囲が狭いのだろうか。。。
比較じゃないとは思いながらも、このことはかなり重く引っかかり続けました。
でも最近思うんです。
やっぱり嫌なものは嫌…ということ。
もちろん私の中で、既婚者の風俗はダメです。
程度がどんなでも、それは絶対嫌です。
でも嫌だったのは風俗だけではありません。
元夫は隠し事に関しては、私がボーっとしてる人間なのを良いことに、自信をもって騙し通せると思っていたのでしょう。
あれだけ私を無視してきた人が、いよいよ雲行きが怪しくなったと察知した途端に反省の弁を述べ、これからはもうしないと言う。
じゃぁ、これからは何をどうするのかと聞くと、できるはずもない解決策を言う。
そして、「だってそれしかないでしょう!」と開き直る。
感染症から始まり、反省の弁まで、元夫は色々な事を起こしながら4年もの時間をかけてきたのです。
これは一時の気の迷いなどではありませんよね。
私が最初思っていた”捨てる神あれば拾う神あり”の「拾ってくれた神だった人」は、実は自分が一番大切でかわいい、自己中オジサンだったってことでした。
神のように見えていた元夫を、「こんなステキな大人もいるんだよ」と子供たちに知ってもらいたかった私。
その頃の私は、自分に与えられた幸せに感謝しながらも、舞い上がっていたのだと思います。
いえ、その頃の元夫は、実際にステキな大人だった… と思いたい(まだ言うか!と、呆れてください 笑)
でも今になって思えば、ステキな大人は、自分が子供に見せるべきもので、人に任せようとした私が間違いだったのかもしれません。
まだまだです。
そこに到達するまでは果てしなく遠い道のりです。
それでも泣き言いいながら、時々へこみもしながら、一つでも笑顔の多い日々を過ごして、何とかステキな大人に近付けたら…と思うこの頃です。
うーん、ボケちゃうまでに間に合うかなぁ。。。と不安ではありますけどね(笑)
