- 写真が好きなこともあるし、”視覚”を失うなんて考えられない。
でも”みる”ということは、
光を受ける
脳で映像とされる
さらにまだ処理されて、その景色から必要なものが切り取られたり、いいように…
ときに騙されながら、見ている。
本は苦手なので、タイトルや開いたときの活字の並びを見て、読みやすそうなものを手に取る私。
それはきっと、これは以前読んだ(読めた)種類の感じやわーとかいうあいまいな感覚。
新潮新書は、大学受験で、どうしても読書ぐらいできないともう、、、みたいな時期に
養老タケシさんのバカの壁→超バカの壁なんかを楽しく読んでから、
何かと手に取ってる気がする。
小説なんかは、表紙もこってたり、中の印字もそれぞれで、
携帯小説なんて、ほんとに見慣れない配列。
慣れてるものって手に取りやすい。んだそうな。
「見えてるけど見えてない」という障害というのか盲目というのか・・・
それについて語っている文面がとくに興味深かったです。
映像に置き換えられても、その色や形を認識できない。なんて症例があるそうで。
私の言葉ではうまく表現できないから、本を読んでください。笑
それから姪っ子ちゃんができた私にとって、赤ちゃんの感覚はやっぱり不思議と思うことも多くて、
なかなかなついてくれなかった姪っ子も
1歳ともなると割と寄ってきて笑いかけけると笑って返してくれたり…。
そんなのも”みる”のが発達したからかなぁ~とか思ってみたり。
- 最後には、人が過去や未来を考えたりするのも脳の発達あってこそ。
「今を生きる」だけじゃいけないなんて、厳しい世の中。笑
ぁー鳥になりたい。と愛鳥を見ながら思ったりする。
END


