通常、医師は患者に対し,治療方法や手術リスクなど丁寧に説明する義務があります。

しかし精神科においてはほぼ100%、この義務は果たされません。

 

「そもそも,人体に大小様々な作用を及ぼす医薬品について,それを自己の体内に取り入れるか否か,取り入れる場合に何をどのような方法によって取り入れるかといった問題は,個人の生命・身体にかかる極めて重要な事項であり,したがってまた,これを自らの意思と責任に基づいて決定することは,個人の自己決定権の中核をなすものといえる。」

 

と、埼玉弁護士会は言っています。

 

自己決定権とは,自分の生き方や行動を自ら自由に決定できる権利のことですが,治療についても患者は,治療を受けるかどうか,受けるとしてどの治療方法をいつ何処で受けるかを決める自己決定権を持っています。

医師の説明義務というのは、医師は患者が診療に関し自己決定をするのに必要な情報を提供しなければならないというものです。

医師が患者に対し説明しなければならない内容や程度はケースバイケースですが、医師は目の前の患者が十分理解した上で主体的に意思決定ができるまで分かりやすく丁寧に説明する必要があります。

医師には説明する義務があるのですから,患者は遠慮することなく理解できるまで医師に説明を求めて良いのです。

 

 

人格権が重要視された例で、こんな判決例があります。

 

医師が,患者が宗教上の信念からいかなる場合であっても輸血を拒否する強い意思を持っていることを知りながら,他に救命手段がない場合は輸血をする方針であることを告げず手術で輸血をした事案です。

患者は助かりましたが人格権侵害を理由に提訴,1審で敗訴,2審で勝訴し,最高裁判所は,医師が説明を怠ったことにより,患者が「輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪った」点で患者の人格権を侵害しているとして医師の説明義務違反による人格権(自己決定権は人格権の一内容)侵害を理由に精神的苦痛に対する慰謝料50万円を認めました(最高裁平成12年2月29日)。

 

一般的な医療では、たとえそれが患者の救命の為であっても、患者個人の人格権を理由に医師側が敗訴となる、といった判決例もあるわけです。

 

 

精神科ではどうでしょう。

 

治療結果がどんなに悪くても、患者の意にそぐわない治療法であっても、裁判で医師が敗訴するといったことはまずありません。

患者個人の人権というのはないに等しいです。

 

 

医師が患者に説明すべき内容として厚生労働省が「診療情報の提供等に関する指針の策定について(2003年)」で目安として示している事項は以下のとおりです。

 

①現在の症状及び診断病名,

②予後,

③処置及び治療の方針,

④処方する薬剤名,服用方法,効能及び特に注意を要する副作用,

⑤治療方法が複数ある場合には各々の内容とメリット・デメリット,

⑥手術方法,執刀者及び助手の氏名,手術の危険性・合併症,手術しない場合の危険性,

⑦臨床試験の場合はその旨及び内容等

 

②③についてはまず説明されません。

①についても間違っていることが多いです。

④も説明してもらえませんね。

⑤についても全く触れられません。

 

何もかもが全てあやふやで適当で、その医師個人の独断と偏見で決定されることも多く、間違っても医師が責任をとることはありません。

なんでもアリアリの無法地帯というのが現状です。

 

 

 

こういうものを医療と呼んでいいのでしょうか。

 

 

今の精神医療というのは害のあるおまじないみたいなもので、医療と呼んではいけないのではないかと思います。