♪ Dくん☆誕生秘話② ♪ | 幸せのヒント♪ Love my family~love my life♪ 

幸せのヒント♪ Love my family~love my life♪ 

*** ママのリラックス *** おすそわけぇ♪
   


花柄



2006年 4月17日 深夜 


待機室 痛みはかわらず 苦しい ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ~と 子宮を締め付けられます。 
もう一人 同じ部屋の 隣のベッドへ待機する。待機室では アロマの香りが たきつけられ 優しいメロディーが流れる 
 
助産士さん/これで すこしは 気持ちが落ち着いてくれるといいんだけど・・・
陣痛の苦しいときは 赤ちゃんが お母さんに会いに行くぞお! って 必死にがんばってるときなんだから ママも一緒にがんばってね。 そして 痛みがひいてる時は 赤ちゃんが 休憩してるとき ママも しっかり 深呼吸して 体の力 抜いてくださいね

同日 早朝3時ごろ 


お隣のママさん/ビー♪ すみません もう 出そうです そろそろ いきみたいんですけど いいですかあ

カーテン越しに 聞いてる わたし/ そろそろ って なんだか 余裕なんだけど・・・ わたし こんなに うううううーって もがいてるのに!!

すぐに 助産士さんが かけつけ 診断後 二人は 隣の分娩室へ うわああ 声が 丸聞こえ!!
 
がんばって がんばって!! あっつ!! 痛たたた また きたあ!!


痛みが ひいて 落ち着くと ガガガガガ パチッ 「あはは えーっつ では 次のリクエストいきます 」 うん? これ ラヂオ?
あ バラが咲いた 流れちゃってる ・・・ あの 静かなオルゴールメロディーは・・・ *)注釈 下記へ


 
お隣/うーーーーーーん うーーーーーーん おぎゃああ!!!


あ! 産まれたあ!! おめでとう

よし つぎは わたしだあ! と 力が 入りましたが その後 夜は あけてしまい 痛みの 間隔も ちょっと 時間が あくようになったので 一旦退院
 
実家の母に 迎えに来てもらい 自宅ではなく 母にところへ 帰る。

電車 バスを 乗り継いでる間に また 痛みが ぶり返し 休み休みしながら 母に支えられ 帰宅。 その日は 苦しさで 食事はまったく出来ず ウィダーinゼリーで 栄養補給。 ずっと ベッドの上で 痛みと戦う。

夜中も 痛みの為 この日も 一睡も出来ず これで 二日 寝てない。


翌々日 朝   痛みが 更に 増す 
     

     昼   痛みの感覚が 5分おきに

  午後3時    もう たえられなくて 声を 荒げてしまう 痛い! 
なんて ゆう暇もない!! くうううううう ギュイーン子宮を ぞうきんしぼりされてるみたい!!!!!!

   午後5時  義父が 車でむかえにきてくれ 病院へ 

 
Dr/まだ 頭は 見えてないけど いよいよですね。 もうちょっとだ がんばろうね 


再度 待機室へ 二度目の入院は 昨日と まったく違って 少しも不安になりませんでした。 (母や 義父 義母が そばに いてくれたし) それよりなにより 痛みをこらえるのに 必死で それどころじゃない!!
 
う! く! く! く! く! くうう!!! 赤ちゃん 早くう!! ママ 死んじゃうよお!! もう ふらふらで体力ないし

助産士さん/ お母さんの 体力が だいぶ 弱ってきてますから 分娩台で 
がんばるより こちらの ベッドで 横になって もう少し がんばった方が 楽かも しれませんね。 がんばろうね!!

 その後 義父と義母は帰り 実母が残り パパが 仕事を抜けて(その頃の パパのお仕事は ちょっと きつくて 連日 午前2時帰宅 6時出勤 なんてのが ざらだったんです)
駆けつけてくれました。わたしの おなかや背中 こわごわ さすってたなあ・・・

何時ごろだったか うちの母が パパに 仕事帰りのままでしょ 一度 家に帰ったら? わたしが ついてるから 大丈夫ですよ。 と 一言 
パパは どうしよう・・・ と 悩みながらも 帰ることに わたしは もう そういう 周りの様子 気にするどころじゃない。 ううううう~ 

     あらら こんなに 長い文章 がんばってもらったのに 
     ごめんなさい もう一度 続きます ~続く~


*) 有線のオルゴールのメロディーのボリュームを下げようと

助産士さんが 機会を触るとなぜかチャンネルが変わり 

元に戻したかったけど 戻し方分からず そのまま深夜のAMラジオを流してたそうです。 

もう あれこれ触ってる暇なかったんだって。

そりゃそうね お産中だもん 。




Dくん 8ヶ月








花柄