今年65回目の終戦記念日を迎え、
アジアでの各国の立場、歴史認識について
各社各紙報道がされていましたね。
北京在住のかたや、中国にすでに関係のある諸兄には
デリケートな週をお過ごしになったと思います。
中国とのお付き合いが深まれば深まるほど、
自分が生まれ育った日本の存在、位置づけを強く意識しますし、
日本人と中国人との差を鮮明に感じます。
2005年4月、北京、上海をはじめ中国各都市で、
大規模な反日デモが発生しました。
わたしは、その時、北京にいました。
反日デモに関する背景や詳細は、ほかのニュースサイトや
時事筋にお任せしますが、その時、出張ベースで北京にいた
日本人のわたしの恐怖体験を書きます。
2005年4月9日、土曜日。
ホテルのテレビではNHKだけ日本の番組をみる事ができます。
NHKは反日デモのニュースでもちきりでしたが、
中国の放送では、反日デモのニュースは一切やっていません。

わたしはその時、中国人の彼女と一緒にホテルの部屋で
まったりしていました。彼女は反日デモに興味がないようです。
聞いた話しでは、午前、大学が集中する
北京の北西部(中関村周辺)に集合した大衆がデモ行列を出発させました。
わたしたちは、東の外国人の多くいるエリアにいましたので
あまり影響はないようでした。
デモの人たちは、ケータイのショートメールや、
ネット上で集められました。
彼女ケータイに、彼女の友だちから「今、デモ行進に参加してるんだぁ!」と
メッセージが来ます。何かを訴えるためというより、
友だちに誘われて、とか、盛り上がっている、とかというニュアンス。
イベントのような気分で参加しているのです。
夕方になり、彼女と食事に行く事になりました。
ここからです。

タクシーに乗り、目的のお店に向かっていると、
急に大渋滞に巻き込まれました。というより微動だにしません。
外の他の車から運転手がおりて、前方をみています。
反日デモの行進です!!
なんと、西北から始まったデモ行進は、一日かけて
東の中心部の大使館街まで進んできていたのです!!
タクシーの中には、中国人の運転手、中国人の彼女、日本人のわたし!

身体が硬直し、会話はありません。
彼女も心配して外をみています。ラジオからは普段通り中国演芸が流れています。
車が一斉に動き始めました。
どうやら公安や警察がでて、デモが行き過ぎるまで
道路を封鎖していたようです。

目的の日本料理屋(お好み焼き屋)で彼女と食事をしていると
突然、店の店主が「店を閉める」と言い出しました。
どうやらデモ隊がすぐそこまで迫っているというのです。
あっという間に客は出て行き、店の明かりを落として閉店。
追い出された私たち。状況を知る為に日本人の友人に
電話しました。
友人 「どこにいますか?」
わたし「亮馬橋路の東三環路と東四環路の中間あたりです」
友人 「!!! ほんとですか? いまから迎えに行きますので、動かないでください!」
わたし「どうなってるんですか?」
友人 「いま、いらっしゃるすぐそばで暴動が起きています。とにかく動かないで」友人の声から、それがただならない事態だということを感じました。
わたしと彼女は、閉店した店のとなりのカウンターバーに逃げ込みました。

幸いこの店は営業をしていて、客はいません。
ここで静かに息を殺します。お酒を楽しむ気分ではありません。
静かに音楽が流れていますが、それが帰って恐怖感をあおります。
このとき、わたしがいたのはここ。
(Google Map)
大暴動が起こっていたのは、ここです。
(Google Map)
友人から状況がメールではいってきます。
友人 「東三環が封鎖されていてそちらにいけません」
友人 「警察隊に停められました、入り込めません」
友人 「いまから東四環にまわります、お待ちください」
いったい何が起こっていたのでしょう。
あとで聞いたところによると、この日、デモ行進は東の中心部にまで及び、
日本大使館や、日本大使公邸に向かって、大量の石やビン、ペットボトル、
ペンキなどを投げつけていました。デモは10000人規模になっていたのです。
わたしは、その中心地からわずか500メートルの距離にいたのです。
21時過ぎ、友人がようやくバーに到着しました。
秘密の彼女と対面してしまいましたが、仕方ありません。
友人は「よく無事でしたね」「あぶないので、ホテルまで送りますので」と言い、
慎重に表通りにでてタクシーを停めました。
亮馬橋路は、一応封鎖は解かれていましたが、まだ沢山の赤色灯の
あかりで溢れていました。
友人 「日本語を話さないでください」この言葉がただならぬ事態であることを現実のものにしました。
中日青年交流中心の前は、路上におびただしい数のペットボトルが散乱。
ゴミや石などがごろごろし、地面は水かなにかでびしょ濡れです。
そして道路の真ん中に、黒塗りの自動車がひっくり返り、
窓ガラスはめちゃくちゃに壊されていました。
まだ大勢のひとが、現場を取り囲んでいて、警察隊が現場の整理に
あたっていました。

中国と日本。近くて遠い国。
いくら親しくなってもお互いが礼をつくす事が大切。
中国と仲良くなるためにも、中国の人の中にある
中国たる部分から、目をそらさないようにしたいと思います。
2005