1 最近、テレビなどで聞き慣れない名前を耳にした。それは、気のうです。人間は、万物の霊長といわれ、進化の頂点にある。したがって、パーツ、パーツもそうなんだろうと、なんとなく思っていた。
ところが、鳥の肺には、前後に気のうという器官があり、あることにより、息を吸った時も、吐いた時もいつも酸素は肺の中にある。
2 一方、人間は吸った時だけ、肺の中を酸素で満たすことができる。
鳥の肺(前後に気のう)は恐竜から引き継いだもので、恐竜はこの肺のおかげで、低酸素時代の地球を生き抜き、大型化にも成功した。鳥は低酸素の上空でも飛行できると言われている。
3 このパーツ(肺)だけ見ると、横隔膜を発達させるという戦略をとった哺乳類(人間)
が一見負けているような気もする。
4 ここで大切なことは、詳細に検討すれば負けてはいない、などと議論することではない。パーツでは人間より優れたところもある生物もいる。のになぜか人間は総合的に進化の頂点にいる。進化の順番に畏敬さえもつ。進化の頂点の人間の行為は、地球上のすべての生命の命運さえも握っている。人間だけが発展するのではなく、地球上の生命が調和ある発展をしなければならない。20世紀は、人間の自由という価値に目覚め、ひたすら人間の繁栄を求めた。しかし21世紀は、資源は有限と分かった。人間だけでなく、人間を含めた地球上の生命の調和ある発展を考えなければならないのではないでしょうか。(20世紀白熱電球から21世紀のLED電器への変化)それが 進化の頂点にいる意義、使命ではないでしょうか。