吉田六郎太夫長利(1547~1627)

姫路城の北の八代山に城を構えていた八 代道慶の子で、姫路市八代に生まれる。 17歳で官兵衛に出仕し、黒田家の家老 の吉田姓を授かる。 常に二間半の槍を持ち歩き、59度の合 戦に臨み50の首級を挙げた。 高松城の水攻めで、石を積んだ舟を並べ て一斉に沈める方法を考案する。 豊前入国後千八百石を拝領。 筑前入国後は千五百石を拝領。 生涯で浅いケガが一度しかないのをあや かって、竹森次貞とともに長政の嫡男 万徳の鎧着初めで、甲冑を着せる

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