人に話かけようかな?話かけたいな?と思う時、

今までずーっとそうだったので、

特におかしいと思っていなかったのですが、

私、気付いちゃったんです。

 

たぶん、ほとんどの人は、

「話しかける」「話しかけない」の選択肢だと思うのです。

 

が、私の場合、

「話しかける」「我慢する」だったんですよ。

ずーっと。

 

人に迷惑をかけたくないって思いが強く、

いろんなことを我慢することが多くって、

しかも、我慢することに慣れてしまって、

我慢だとも思っていませんでした。

 

実は、仕事を辞めて時間は自由になったはずなのに、

自由になった感が全くなかったのです。

自由に出掛けるわけでもなく、

出掛けても用事が済んだらすぐに家に帰る。

 

なんだかおかしいな???とは思っていたのですが、

先日、地下鉄に乗ってた時に、

今の自分と向き合ってみたんですよね。。。

 

今、何を感じてる?どんな思いがする?

 

苦しい。なんだか窮屈。

透明のプラスチックの容器に囲まれてる感じがする。

 

とっても息苦しくて・・・・・

 

というわけで、

先日、ビリーフチェンジセッションを受けました。

 

セッション後、友達とランチをして、

そのまま家に帰るつもりにしていたのに、

お店を出て、友達と分かれた瞬間、

ゆっくりお店見に行こう♪って思い立った自分に、

「あれ?いつもと違う」とビックリ。

 

翌日は、職場で隣のグループの会話に入ってました。

その時に、

「あ、今まで我慢してたストッパーがなくなってる」

って気付いたんです。

 

今までは、会話に入りたいけど、

入ったらダメかな?とか思いながら、

発言したい思いを我慢してたんですよ。

 

今まで、いっぱい我慢させてたんだな・・・と思うと、

ホントに切なくなってしまいました。

 

セッションを受けたからと言って、

全く開放されたわけではなく、

やっとスタート地点に立てただけです。

 

気を抜くと、慣れ親しんだ行動にもどろとしちゃうので、

もどらないよう、意識してこれからは行動していこうと思いますニコニコ

自分の事で、以前からずーっと不思議に思っていたことがあるんです。

 

会社とかで理不尽なことを誰かに言われたりした時、

その瞬間「えっ!?」って固まってしまうんです。

その時は何の感情も出てこないのに、

数時間経って家に帰ってから、

じわじわ怒りがこみ上げてくるプンプン

 

言われた瞬間にその怒りが出てきて、

自分の意見を相手に言えれば、不満も溜まらないんだけど、

数時間経ってしまってるから相手に言うこともできず、

消化不良。。。。。

 

そんなことをずっと繰り返していました。

 

言われた瞬間にパッと自分の意見が言える人はいいなぁ~と

ずっと思っていました。

 

で、自分が言えないのは、

頭の回転が悪いせいなのか?とかいろいろ考えた結果、

幼少の頃、父親に

「口答えするな!!!」と育てられたことが原因なんじゃないのかな?と思っていたわけです。

 

でも最近、その理由がだんだんわかってきました。

 

幼少の頃から、

父は気に入らないことがあるとすぐ怒鳴る人でした。

とにかく、その怒りが恐くて恐くて。。。

 

昔から、怒られた瞬間は「えっ!?」ってなったり、

涙がこみ上げてくるのを必死にこらえたりしてましたが、

部屋にもどってからじわじわ怒りがこみあげてきて

「こう言えばよかった」「ああ言えばよかった」

と、今と同じことを中学生くらいから思っていたように思います。

でも、あの瞬間に言い返していたら、

3倍か4倍くらいになって返ってくるから、言わなくて正解だったんですけどあせる

 

父に怒られるのが恐すぎて、

心が衝撃を受けすぎないように、

自分の心を守るために、

心と体が分離していたんだと思います。

 

で、安心できる自分の部屋に戻ってから、

心と体が分離状態から元の状態にもどって怒りを感じる。。。

というシステムになっていたようです。

 

それが習慣になっていて、今も無意識に続けていたんだな。と気付きました。

 

自分を守るために、

無意識に身に着けた技なんですよね。

 

心と体って、ホントに不思議だなぁと思います。

 

 

 

 

今はあんまり顔を出さなくなったのですが、

以前は、誰かが他人をほめていると心がザワザワすることがよくありました。

 

その人は、純粋に他人をほめているだけなんです。

なのに、心がザワザワザワザワ・・・・・・

 

頭ではわかっているんです。

なのに、自分がダメと言われてるような気がして、

ザワザワザワザワ・・・

 

久しぶりに実家に帰った時も、

父親がほかの兄弟のことをほめるんです。

すると、またザワザワ・・・

 

 

結構つらかったですね。

 

 

どうして、なくなったのかな・・・?って考えてみたのですが、

自分と他人は違う、自分は自分、他人は他人。

自分にも価値があるって思えるようになったからかもしれません。

 

幼少の頃から、兄弟とか従妹とか、

時にはTVにドラマの主人公と比べられて、

「それに比べてお前は〇〇〇だ」と否定ばかりされていました。

ほめられた記憶がほとんどないショボーン

 

だから、自分に自己価値なんてあると思えなかったし、

他人の目ばかり気にして生きていたように思います。

 

父は私に、

「なにくそ、負けるものか!!!」とばねにしてもらいたかったようですが、

私の性格はそうではないので

ショックは大きかったですね。

 

20代の頃、同じ年のいとことゆっくり話す機会があって、

その時に「父によく比べられて、きつかった」と話したら、

そのいとこに、

「私はみなちゃんなんて気にしたことなかったよ」と言われ、

さらに傷付くという・・・(笑)

 

そのいとこは、

今、世界をまたにかけ、

のびのび自分らしく生きています。

 

うらやましいラブラブ

 

 

 

昨日はビリーフチェンジの先輩を交えての練習会でした。

月に1度、都合のつく仲間と練習会を実施しています。

 

昨日は、おもしろいセッションの練習をしました。

 

今の自分の悩みから、

気になる感情とか物とかを擬人化してみよう♪というものでした。

 

私は今ある、寂しい気持ちとか空虚な気持ちを擬人化してみました。

 

「どうして、私を苦しめるの?」と聞いてみると、

 

「苦しめるつもりなんてない。ただ、自己主張してるだけ。

寂しいから寂しい。空虚だから空虚のまま存在してるだけ。」

だと答えが返ってきました。。

 

おおおおお、そうなのかい。

苦しめるつもりはなく、ただ、そこに存在していただけなのかい。

それが苦しいと感じて、

苦しめられていると思っていたのは、

勝手な私の被害妄想だったのかい?

 

その言葉を聞いて、

 

自分が今まで、寂しいとか空虚な気持ちを、

あるのになかったことにしていただけで、

ホントはその感情たちは気付いてほしくて、

そこで自己主張していただけのようでした。

 

意外な答えが返ってきて、ホントにビックリ!!!

でも、本質をついてるな~っと感じたセッションでした。

今日は、先日人間ドッグを受けた病院に行ってました。

 

ここ3年、ずーっと「慢性胃炎」と書かれていたことと、

今年の6月に受けた検診では、

「食道ポリープ」と書かれており、

内視鏡→手術を覚悟して行ったんです。

 

が、先生にはかる~く流されましたあせる

 

50歳過ぎたら、これくらい普通だよって。

 

そーなんですか???

 

15年くらい前の話かな?

1つ年上の先輩が食道ポリープで手術したんですよね。

同じ状況だったので、手術間違いなしかな?って思っていたのに、

 

これは年齢のせいなんですか?

30代なら手術。

50代なら普通???

 

手術にならなくてちょっと安心しました。

 

年齢を重ねると、

体も大切にしないといけませんね。