ふんわりシフォン -292ページ目

新聞記事 11/25

少し前になりますが興味深い記事がありました。

読売新聞 11/25 朝刊の記事で、作家の大沢在昌さんと道尾秀介さんの対談になります。

以下は抜粋になります。ほんの一部になりますが、とても共感できました。


~…~…~…~…~…~…
大沢 では、作家として一生やっていけるという確信はあるの。

道尾 それはあります。なぜかというと、自分の書く小説が大好きなんです。
僕は八年間、会社に勤めました。営業マンで、わりと成績は良かったんですけれど、どうしても勝てない人がいた。
その人は不器用なんですよ。でも、営業が大好きだった。

大沢 つまり、好きな人には勝てないと。

道尾 やっぱり大好きなやつにはなにをやっても勝てない。僕は自分の書く小説が大好きなんで、書けなくなることはないと。

道尾 なるほど。でも、自分の書いたものを「つまんねぇな」と思っている小説家はいないと思います。
時々読み返して「俺って天才じゃないか」なんて、大体そう思っています。
みんな自分が読みたいものを書くわけですから。

道尾 インタビューなどで作家が「読者のために」と言うのを聞くことがありますが、人のためにあんなつらい作業はできません。
一方、読者にとっても活字を追うあの時間と手間は大変だと思います。

大沢 でも、入っていった本の世界が本当に楽しめるものだったら、そこにはものすごい興奮がある。
結局、小説を書く人間というのは、物語の持つ面白さに魅せられたんだと思います。


~…~…~…~…~…~…
わたしも好きなことを書いています(笑)
そして物語に魅せられています。わたしにとって登場人物は自分の血や肉や魂を分けた存在です。

好きでなかったら書いていない。



あとの記述で日本の小説は書き手の成熟により、文章が削られ墨絵に近くなる。海外は油絵のように、語彙が豊富になるというのもわかる気がしました。

わたしも墨絵です。

言葉はとても強く人に訴える。実際、人を前にしたら伺えない心のうちは仕草や視線に現れる。

知りたいこと

聞きたいこと

それを埋めるように書くこと



ここで書きながらそう思います。

月が満ちるまで ともしび 5

外に飛びだすと、風が頬をなでた。ひやりとした感触に鳥肌が立つ。

しばらく走った。

ジグザグと、わざと狭い道を走っていく。

すぐそばにある家の明かりも今は煩わしい。







逃げたくて

見たくない現実を付きつけられて、がっかりした母さんの顔が追いかけてくるようで…









薄暗い街角には街灯が灯り、光を投げかけていた。

息があがるまで走って、走り疲れて……



座り込んだ石の上で呼吸が戻るのを待っていた。ぜいぜいとあらい息の間に、ずっと走っていたら余計なことを考えなくてすみそうだと思った。

風と自分の呼吸だけになる。

流れていた汗が体を冷やしはじめるのが怖くて、体を立て直す。






歩きはじめても行く所はないのに。

煩わしいと思った窓の明かりを頼りに夜の街を歩いていく。

街灯の投げかける明かりも、遠くからなら頼もしく、過ぎてしまえば、心もとなくたまらなく淋しくなる。
背中をなでる風の冷たいさ……

冷えた汗が熱を奪っていく。






いつかは帰らないと生きていけない…

自分ひとりでは何もできない。

家も食事も服も、全て親が働いて与えてくれたもので、何一つ自分で手に入れたものではない。

今、家を飛び出しても、僕は一人で生きていけない。






母さんが、兄貴と比べるのが耐えられなかった。

僕も笑ってもらいたかった。喜んでもらいたかった。








僕は期待にこたえられなかった……

母さんなんて

兄貴なんて






嫌いになれたら

楽かもしれない

でも

僕は好きなんだ








だからこんなに悲しい

だからこんなに 辛くて…

ぽたぽたと涙が溢れる。




自分が嫌いになりそうだ。
涙は乾くことなく頬を濡らした。

目に入った ちいさなゴミでも

洗い流すために涙がでる

ちいさな傷がついたとしても

消毒するための成分が入っている



たくさん涙を流したら

頬を洗い流して

手のひらを洗い流して



消えていく先は

心のなか



心を洗い流して

硬くなった心を柔らかくしてくれる

泣いて心を洗ったら

また歩きだそう