ビオラ | ふんわりシフォン

ビオラ

さむっ


吐く息が白く流れていく。
ライトダウンにワークパンツをはいた足をブーツに突っ込んで、朝やけの町を歩いている。

ひたひたっと足音がするのか分からないくらい軽い猫の体が、脇をすり抜けて前に立つ。

『コノハナ』

「……なに」

猫の姿をした恋人は、普段自分の朔也という名前を呼ばない。

姿の変わった彼女は、そう呼ぶことに抵抗があるらしい。

呼んでくれるのは、満月の夜に本当の姿になった時、身も心も委ねて甘えてくれる時だけ。

もやもやした感情を突き破って、素直なれた時だけ、名前を呼ぶ。

高くもなく、低くもなく。
人の声に近いとされるバイオリンのように、艶のある声が漏れる。




『ビオラが咲いてる』

黒猫の顔とたいして変わらない位置に、鉢植えのビオラの花がある。パンジーより小振りなその花は、寒いこの季節にも花をつけるので冬から春にかけての庭を彩る。品種改良も盛んで、さまざまな色をつける。

その花に鼻を寄せるように黒猫は近づく。

淡い黄色と青のビオラの配色は彼女の好みでまじまじと見つめている。

ビオラやパンジーは人の顔に似ているので、まるで見つめ合っているようにも見える。

「好き?」

『うん』

まるで見つめ合って、聞こえない声で会話しているようで胸の奥にちりっと走るものがあった。

手当たり次第、回りの花を指して聞いていく。

「これは好き?」

『まあまあ』

「じゃあこれは?」

『そんなにでもない』

「これは?」

『あんまり』



「おれは?」

『なあに?』

矢継ぎ早に質問責めにしたからか、黒猫の鼻にしわが寄る。



「……なんでもない」

彼女の声が、好きだと言うのを聞きたかった。俺に対してでなくてもいいから。
何かに対してでもいいから。



つんつんした黒猫の口からは「す」の字も洩れてこない。

「俺は好きなんだけどな」



本当は大好きで いつも抱きしめていたい。体は猫だっていい。

『パンジーの花言葉は「物思い」って言うの。フランス語の考えるという意味であるパンセからきているの。ビオラはビオラで花言葉があって「誠実な愛」って言うのよ』

「じゃ、今度贈る」

言ってから かあっと顔が熱くなる。恥ずかしくなって、左手で口から頬にかけておおう。

『コノハナに贈られたら、「忠実」ってほうの花言葉になっちゃうわ。あたしの忠実なしもべだもの』

「よく言うよな」



『でも好きでしょ』

聞いてたくせに。これ以上どこまで赤くなるのか…耳まで熱い。



「ああ好きだよ」

大好きだ