月が満ちるまで 蓮 | ふんわりシフォン

月が満ちるまで 蓮

傘に雨粒が弾ける。

雨は雨で好きだった。紫陽花の色が季節を告げる。

雨の日にしか見れない光景がある。



雫を下げたコニファーは、クリスタルを飾るモミノキのように輝く。

いつもなら気にしない蜘蛛の巣さえ、繊細な細工のレースに見える。

庭先の水鉢。睡蓮と泳ぐメダカに雨が降りしきる。

やわらかな雨に縁まで水をたたえた水鉢はあふれる手前まで水を抱く。



少し逸れた場所に

蓮の花があった。

趣味でというには大掛かりな感じで、たんぼ一面が蓮に覆われていた。



こんなに

大きいものなのだろうか



蓮の丈はわたしの背丈を越し、花も見上げるほどの高さについている。



蓮の花は大きく一抱えはありそうだった。




こんな花が開く音は

どんな音がするのだろう




おばあちゃんに言ってみたら見てみたい、聞いてみたいと意見がまとまったので、早朝に訪れることにした。





朝もやを縫うように歩いていくと

明るんだもやに紛れるような人影が見受けられた



背の丸い小柄な婦人だった。銀髪を小さく結いあげた可愛らしい人だった。



「おはようございます。お早いですね」

「おはようございます。気持ちのいい朝ですね

おばあちゃん、続いてわたしから挨拶を送る。

小柄な婦人はにっこり振りかえった。

「あらおはよう。お仲間ができて嬉しいわぁ」



その時、ゆらりと蓮がゆれた。微かな揺れをみせながら花びらが開いてゆく。ちいさな泡の弾けるような…微かな音がしたようだった……



開ききるまでの時間

わたしたちは身じろぎすらしないで、ひとつの蓮を感じていた。



「……得難い体験だねぇ」

詰めていた息を吐くようにおばあちゃんが言った。

「この蓮は古代蓮ですよ。葉も花も大きいのに凛として品がありますでしょう。
仏像の後ろに書かれた蓮が大きいような気がしていましたが、こんな蓮もあるんですね」

「行田で出土したものですね……よく何百年もたっているのに、こうして芽を出して花を咲かせることができたのでしょうね……」

婦人は、ふふっと笑って

「時折、植物も粋なことをするじゃありませんか

あたしには極楽のように見えますよ

老い先の短いあたしは、ここに来て逝ってしまった人を思いだしたり、これから逝くあの世を考えたりしますよ」



陰りのない言葉だった。

思い残すことはないのだろうか……



「もう、いつお迎えが来てもおかしくないだけ生きてきたのよ」



さわさわと風が葉をゆらしていく。

「よい人生ですね」

少し硬いおばあちゃんの声だった。

「いろいろあったのよ…でも楽しかったわ」

小さくなった背をしゃんとする。



「後悔しないようにね、それだけよ」

笑ってゆっくり会釈をする。


ゆっくり



ゆっくり




歩く姿はやがて道の角を曲がり見えなくなった。



「花の精みたいだったねぇ……」

「あんなに人間離れした人がいるもんなんだねぇ」



早朝の幻のように






わたしとおばあちゃんには見えたのでした。