月が満ちるまで 感謝の気持ち 9 | ふんわりシフォン

月が満ちるまで 感謝の気持ち 9

考えなかったわけではないし、考えてどうしようかと悩めるほどの経済力はなかった。


まだ、先のこと。


本当は違う。

美大に進学するには、デッサンをきっちり時間内に仕上げるだけの早さや正確さを要求される。

ひとりで習得できる技術ではなかった。

どこか絵画スクールに所属して技術を磨かなければ、受験さえ覚束ない。

もちろん画材だっている。それも馬鹿にならない出費だった。



おばあちゃんは知っている。


わたしが留守番でチラシやカレンダーの裏にいくつもいくつも絵を描いていたことを。

家じゅうの紙という紙に落書きしてしかられたことを。



「心配しない。バカ息子は風花を養う義務があるんだし、ばあちゃん、へそくりあるから」

それにね、と言葉を継ぐ。わたしを見据える目は優しい。

「奨学金という制度だってある。道は探せばあるもんよ」

優しいだけでなく
甘やかすだけでなく

わたしを導いてくれる。

「きちんと基礎を身につけなさい

自分が表現したいものを形にできるだけの技術を学びなさい

なにもない所から産みだす才能や感性を磨きなさい

あたしは風花の作るものが好きだね

だから強く思うよ

誰かと見たい、見て感想を聞いてみたい。

この作品のどこが好きなのか。なにに惹かれるのか。

例えばこのパネルは、風花があたしのために作ってくれたものだね。

あたしの好きなクレマチスを使ってくれているね。

あぁ…いい出来だ。花びらの曲線、重ねた雌しべも軽く癖をつけて立体的にしてある。

花びらにある朝露も綺麗だね」

まっすぐな視線はわたしのことを考えてくれる温もりがある。

「なんでも器用にこなせなくっていいんだよ。たったひとつやりたい事があれば」

優しい手が頭をなでてくれる。


いつの間にか、ぼろぼろと泣いていた。



カチリと音がした



何かが嵌まる。



何かが動きだす。



もうどんなに泣いても

悔やむことがあっても

この一瞬を忘れることはないだろう。