神谷美恵子さんの『生きがいについて』を、しばしば、医師を志す若い方々に、贈らせていただきました(あるいは、中井久夫氏のご著作、時にはフランクルなども)。あまり読んでいただいてはいないようなのですが(笑)もちろん、それで構いません。書籍とお人との、縁や絆、どのようなかたちで、いつ、結ばれますか、わかりませんものね。それは、一生無縁かもしれなく、まあ、それは、それでも、まったく良いわけなのです。

積ん読も、豊かで素敵な、読書の一つのかたち。


分析心理学者、カール・グスタフ・ユングは、己の心に準備ができたときに、師匠なるものは、あなたのもとへと、向こうから歩いてくる、という言葉を、好んでいたそうでございますね。

神谷美恵子さんは、ある年の師走(1958年12月20日)、京都のゴッホ展を観た折に、強い創造の意欲が生まれ、そこから、あの書へと、それまで歩まれた人生のご体験を、統合していかれました。

まさに、準備ができていた、その神谷さんに、ゴッホという「師匠」が、歩いてきて啄啄同時、そして、あの『生きがいについて』の誕生へと、繋がっていったのでございましょう。神谷美恵子氏をして、やがて『生きがいについて』を書かしめた、ゴッホの偉大さをも、すなおに、感じることができます。

『生きがいについて』、ある意味では、恐ろしい書、哲学者であり詩人でもあるニーチェの、愛する、いわゆる、「血で書かれた書物」でございましょう。坪内祐三氏の『考える人』に収められました神谷美恵子論を読まれた方は、より一層、そのことを、深々と感受されることと存じます。坪内祐三氏の慧眼に敬意を覚えた記憶が、今なお鮮やかです。

軽々にプレゼントなどしてきた私にも、甚だ問題があったのだな、あまりに僭越すぎたかと、いま痛感いたしておりますし、自分が、この書とあらためて、まっさらな心にて、向き合う時期に来ていることをも、感じております。



本日は拙文をご清覧賜わりまして、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。



『神谷美恵子著作集』(みすず書房)



人は自分であり切らねばならない、ということを再びまざまざと感じて(京都のゴッホ展から)帰って来た。自分のこれから進むべき道をはっきりと示されたように感じた。
精神科医として立とうとあがくことのおろかしさよ。私にとって精神医学は最初から単に人間に接触する道ではなかったのか。
神谷美恵子『生きがいについて』(みすず書房)305ページ


『神谷美恵子日記』(角川文庫)
1958年12月20日(土曜)ゴッホ展鑑賞の記述箇所







ユング氏
『ユング自伝』(みすず書房)






神谷美恵子さんの「病床の詩」より

かつて くすしたりしものが 
今にして 病める者となる
「順めぐり」



『神谷美恵子著作集』第10巻月報(みすず書房)







結局自分もいつでも病み得る存在だということに徹底しなければ、どうしようもないですね。
 

学生時代にアメリカにいたときも、まだ医学に向かっていないのに「患者が私を待っている」と寝言のように言っていた、と友人も言っていました。


ともかく患者さんの中に行くとき生き生きして、本当の自分になれる気がしたんです。島に行く前に致命的と考えられる病気だったので、死ぬんだったら・・・と。一種の終末論的な考えでガンバッたんです。


でも医者になること一つをとってみても、さんざん迷ったあげくなったのですが、今までの迷ってきたエネルギーがあとになって放電したのかもしれませんね。

「対談・病める人と病まぬ人」(神谷美恵子・外口玉子)
神谷美恵子さんの発言より。
『ケアへのまなざし』(みすず書房)96ページ〜114ページ