僕等がいた追加キャスト
矢野母:麻生祐未
千見寺:比嘉愛未
竹内文香:須藤理彩
山本奈々:小松彩香
らしです。
斗真は同じ人と共演することが多いね。
また比嘉ちゃんと共演
比嘉ちゃんはかわいいし、演技うまいから期待。
しかし、彼女と縁があるね。
じゃあ、次はまたガッキー共演あるかな?
映画は演技出来る人ぞろいでいいな・・・あとは脚本が破綻しないこと
脚本の力は大きいからね・・・
斗真の演技は・・・ま頑張って・・と言うしかないな
矢野母:麻生祐未
千見寺:比嘉愛未
竹内文香:須藤理彩
山本奈々:小松彩香
らしです。
斗真は同じ人と共演することが多いね。
また比嘉ちゃんと共演
比嘉ちゃんはかわいいし、演技うまいから期待。
しかし、彼女と縁があるね。
じゃあ、次はまたガッキー共演あるかな?
映画は演技出来る人ぞろいでいいな・・・あとは脚本が破綻しないこと
脚本の力は大きいからね・・・
斗真の演技は・・・ま頑張って・・と言うしかないな
さすが、アドリブに弱い斗真
あまりに日記を書くネタがなく・・
と、言うか適当に今日の出来事なんかを気楽に報告できない
性格ゆえに
なぜか、QAコーナーを始めちゃいました。
まったく、敦啓のマネジャン。
ってなわけで、最近はQAってより要望をがんがん斗真に送っています。
さて、そろそろ源氏物語の特報をみに映画館にいかねば
って久しぶりの日記更新でした
あまりに日記を書くネタがなく・・
と、言うか適当に今日の出来事なんかを気楽に報告できない
性格ゆえに
なぜか、QAコーナーを始めちゃいました。
まったく、敦啓のマネジャン。
ってなわけで、最近はQAってより要望をがんがん斗真に送っています。
さて、そろそろ源氏物語の特報をみに映画館にいかねば
って久しぶりの日記更新でした
以下はネタバレゆえいやな方はこの日記をスルーしてください
●ストリー(公式より転載)
1934年、6月某日。ベルリン首相官邸では政権を得たばかりのヒットラーが、かつての革命の同志で右派のレーム、左派のシュトラッサーとそれぞれ会談を持っていた。思い出話や理想、現状についての意見交換。だがこの時すでにヒットラーは、党内の支持を盤石にするため左右両端の勢力を切り捨てる決意をしていた。武器商人クルップが見守る中、独裁と殺戮の時代への扉が静かに開く。ナチス党内で実際に起きた粛清事件に材を得た、緊張感に満ちた会話劇。
レーム事件の悲劇の中心人物である右派の突撃隊長エルンスト・レーム
・・・東山紀之
反ユダヤ主義を掲げ、第二次世界大戦を引き起こした独裁者アドルフ・ヒットラー
・・・生田斗真
複雑な心情を持ちつつ事件の顛末を観察し続ける武器商人グスタフ・クルップ
・・・平幹二朗
党内左派のグレゴール・シュトラッサー・・・木場勝己
※大石継太と岡田正は『サド侯爵夫人』のみに出演
●演出
サドに比べてセットチエンジは全くないが、最後の窓を閉めるシーンが印象的だった。
●衣装
軍服と燕尾は萌えの原点。ちょび鬚もサラサラヘヤーもお気に入りです。あえて、書く必要がないくらいキャストみな自然でした。
●音楽
ま・・・あんなもんかな・・特に印象に残る演出的な音楽はない
●キャスト
★レーム・・・東山紀之
サドに比べればぜんぜんこっちのほうが役にあっている。野心を持ちながらも人情に厚い好青年を好演している。本来斗真より大先輩で年上なのにそんな威厳?も見せずにヒットラーとの友情関係と部下上司関係をうまく演じていた。やたら斗真との絡みが多くなんかちょっと^^
★ヒットラー・・・生田斗真
サドに比べれば格段に出番が多くしかも常に怒鳴っている感じ、イメージ的にはモーツアルトのヴァルフが常に精神のMAXで演じている感じと似ている。もともと暑っ苦しい舞台演技系の彼なので、こういった苦悩する役は適任だと思う。最初の演説のシーンで約30分ひたすら演説の長シーンに合わせて身振りをしていたのが結構印象的。できればあのときの表情が見たい。セリフはなが台詞が多くやはりカツゼツが良くないが、主に長セリフは罵倒や苦悩の叫びや喧嘩シーンなのでそこまで、サド以上に不快は感じない。ただ、もう少しカツゼツが良くなったらもっとセリフが活きるのに残念。演技的にはほぼ3時間弱、苦悩と罵倒・・・まあ、精神的に極限の状態を演じきらなければいけなのでかなり精神的にきついと思われるが、結構良く演じていたと思う。まあ、私は全く退屈しなかったので。特に最後の狂人になったのでは?と思われるシーンは見ごたえあり。目は充血していて、瞳はうつろ・・汗だかよだれ?だか・・・わからない表情になっていたのは印象的。挨拶までそれをひきずっていた感じがちょっと心配くらい。うん、以前より成長した感じがしました。
★ベテラン勢
今回は出番が少なかったが、少ない出番の中でも、レームやヒットラーを操ろうと策略する様の演技は見事だった。特に木場さんの最後にレームを説得しようと必死な姿は見ごたえあり。平さんのヒトラーと最後のやり取りにも見ごたえありました。あのやりとりがあったからヒットラーの最後が活かされたそんな感じ。
●相対的に
戯曲なんだけど面白かった。4人の策略がどんどんステージに展開され、先が気になって仕方ない。ヒットラーはもともと好きではなく避けていたので、今回のことでヒットラーに興味をもった。昨日のサドに比べてストリーがしっかり出来上がっているのでわかりやすく面白い。その中にもセリフの遊びがあってそのセリフの遊びがあるからこそ、殺伐とした感情だけでなく、憂いみたいなものも感じられた。
こっちはまさしく斗真には非常に勉強になるいい舞台だと思う。観客も舞台を楽しめて制服もえやヒトラーとレームとの絡みも楽しめるし(非常にスキンシップが過剰)
ひゃーーー疲れた・・・
追記:人は太治の前の何かを決断するとき何を持って決断するのか?あっちによかれとこっちによかれと・・・なんて事じゃ結局なにも決断できない。人には裏と表の顔がある。自分が良かれと思った友情も相手の受け止め方によっては牙をむく原因になったりする。相手を良く見て付き合え?・・・うーん。こっちは歴史上の話しだしよくわかりません。でも、きっと歴史が動くときはこんな風に当事者たちはいろいろ巻き込まれていろんな感情を持っていたんだろうな・・・って感じの再現ドラマかな?
ヒットラーは私的には面白かったです。正直サドを減らしてヒットラー増やしたいですね・・
三島由紀夫は一度読んで挫折しましたが、また読んでみようかな・・・
あのね・・・ここだけの話・・・
レームが山下だったら最高に萌えなのよね・・
軍服姿の山下と斗真の絡み・・・み、見た過ぎる
もう、おまけに山下が(東)が抱きつくは、ハグ三昧だわ・・
挙句の果てに俺たちの絆は変わらないとか・・・レームの斗真への
愛情や信頼が半端じゃないのよね・・命かけるとか言っちゃうんだよ
でもね・・最後に裏切られるの・・山下が、命欠けて信じた斗真に
もう、最高に萌えじゃない
い、いかん・・・余分な妄想が・・・
サドは不可解すぎて萌えもできないんだもん・・・
でも、両方ともなんだか余韻が残る舞台でした。
さて、次はどう変化していることやら
●ストリー(公式より転載)
1934年、6月某日。ベルリン首相官邸では政権を得たばかりのヒットラーが、かつての革命の同志で右派のレーム、左派のシュトラッサーとそれぞれ会談を持っていた。思い出話や理想、現状についての意見交換。だがこの時すでにヒットラーは、党内の支持を盤石にするため左右両端の勢力を切り捨てる決意をしていた。武器商人クルップが見守る中、独裁と殺戮の時代への扉が静かに開く。ナチス党内で実際に起きた粛清事件に材を得た、緊張感に満ちた会話劇。
レーム事件の悲劇の中心人物である右派の突撃隊長エルンスト・レーム
・・・東山紀之
反ユダヤ主義を掲げ、第二次世界大戦を引き起こした独裁者アドルフ・ヒットラー
・・・生田斗真
複雑な心情を持ちつつ事件の顛末を観察し続ける武器商人グスタフ・クルップ
・・・平幹二朗
党内左派のグレゴール・シュトラッサー・・・木場勝己
※大石継太と岡田正は『サド侯爵夫人』のみに出演
●演出
サドに比べてセットチエンジは全くないが、最後の窓を閉めるシーンが印象的だった。
●衣装
軍服と燕尾は萌えの原点。ちょび鬚もサラサラヘヤーもお気に入りです。あえて、書く必要がないくらいキャストみな自然でした。
●音楽
ま・・・あんなもんかな・・特に印象に残る演出的な音楽はない
●キャスト
★レーム・・・東山紀之
サドに比べればぜんぜんこっちのほうが役にあっている。野心を持ちながらも人情に厚い好青年を好演している。本来斗真より大先輩で年上なのにそんな威厳?も見せずにヒットラーとの友情関係と部下上司関係をうまく演じていた。やたら斗真との絡みが多くなんかちょっと^^
★ヒットラー・・・生田斗真
サドに比べれば格段に出番が多くしかも常に怒鳴っている感じ、イメージ的にはモーツアルトのヴァルフが常に精神のMAXで演じている感じと似ている。もともと暑っ苦しい舞台演技系の彼なので、こういった苦悩する役は適任だと思う。最初の演説のシーンで約30分ひたすら演説の長シーンに合わせて身振りをしていたのが結構印象的。できればあのときの表情が見たい。セリフはなが台詞が多くやはりカツゼツが良くないが、主に長セリフは罵倒や苦悩の叫びや喧嘩シーンなのでそこまで、サド以上に不快は感じない。ただ、もう少しカツゼツが良くなったらもっとセリフが活きるのに残念。演技的にはほぼ3時間弱、苦悩と罵倒・・・まあ、精神的に極限の状態を演じきらなければいけなのでかなり精神的にきついと思われるが、結構良く演じていたと思う。まあ、私は全く退屈しなかったので。特に最後の狂人になったのでは?と思われるシーンは見ごたえあり。目は充血していて、瞳はうつろ・・汗だかよだれ?だか・・・わからない表情になっていたのは印象的。挨拶までそれをひきずっていた感じがちょっと心配くらい。うん、以前より成長した感じがしました。
★ベテラン勢
今回は出番が少なかったが、少ない出番の中でも、レームやヒットラーを操ろうと策略する様の演技は見事だった。特に木場さんの最後にレームを説得しようと必死な姿は見ごたえあり。平さんのヒトラーと最後のやり取りにも見ごたえありました。あのやりとりがあったからヒットラーの最後が活かされたそんな感じ。
●相対的に
戯曲なんだけど面白かった。4人の策略がどんどんステージに展開され、先が気になって仕方ない。ヒットラーはもともと好きではなく避けていたので、今回のことでヒットラーに興味をもった。昨日のサドに比べてストリーがしっかり出来上がっているのでわかりやすく面白い。その中にもセリフの遊びがあってそのセリフの遊びがあるからこそ、殺伐とした感情だけでなく、憂いみたいなものも感じられた。
こっちはまさしく斗真には非常に勉強になるいい舞台だと思う。観客も舞台を楽しめて制服もえやヒトラーとレームとの絡みも楽しめるし(非常にスキンシップが過剰)
ひゃーーー疲れた・・・
追記:人は太治の前の何かを決断するとき何を持って決断するのか?あっちによかれとこっちによかれと・・・なんて事じゃ結局なにも決断できない。人には裏と表の顔がある。自分が良かれと思った友情も相手の受け止め方によっては牙をむく原因になったりする。相手を良く見て付き合え?・・・うーん。こっちは歴史上の話しだしよくわかりません。でも、きっと歴史が動くときはこんな風に当事者たちはいろいろ巻き込まれていろんな感情を持っていたんだろうな・・・って感じの再現ドラマかな?
ヒットラーは私的には面白かったです。正直サドを減らしてヒットラー増やしたいですね・・
三島由紀夫は一度読んで挫折しましたが、また読んでみようかな・・・
あのね・・・ここだけの話・・・
レームが山下だったら最高に萌えなのよね・・
軍服姿の山下と斗真の絡み・・・み、見た過ぎる
もう、おまけに山下が(東)が抱きつくは、ハグ三昧だわ・・
挙句の果てに俺たちの絆は変わらないとか・・・レームの斗真への
愛情や信頼が半端じゃないのよね・・命かけるとか言っちゃうんだよ
でもね・・最後に裏切られるの・・山下が、命欠けて信じた斗真に
もう、最高に萌えじゃない
い、いかん・・・余分な妄想が・・・
サドは不可解すぎて萌えもできないんだもん・・・
でも、両方ともなんだか余韻が残る舞台でした。
さて、次はどう変化していることやら
以下はネタバレゆえいやな方はこの日記をスルーしてください
●ストリー(公式より転載)
18世紀、ブルボン王朝末期燗熱の都パリ―。サド侯爵夫人・ルネは、残虐かつ淫靡な醜聞にまみれる夫を庇い、愛し続ける。〝悪徳の怪物〟に〝貞淑の怪物〟として身を捧げる彼女に対し、世間体を重じる母・モントルイユ夫人は様々な手を尽くし別れを迫るが、夫が獄につながれてもなお彼女の決意は揺らがず、対立は続いた。やがてフランス革命が勃発。混乱の中、老境に差しかかったルネのもとに釈放されたサド侯爵が現れるのだが・・・。
夫・サド侯爵の退廃に満ちた姿を“貞淑”と“愛”を武器に庇いつづけるルネ
・・・東山紀之
ルネの母親。“道徳”をもって娘と激しく対立を続けるモントルイユ夫人 ・・・平幹二朗
ルネの妹で“無邪気さと無節操”でサド侯爵と行動を共にするアンヌ ・・・生田斗真
篤い信仰心を持つ母娘の相談相手、シミアーヌ男爵夫人 ・・・大石継太
母娘の相談相手であり、欲望に忠実なサンフォン伯爵夫人 ・・・木場勝己
一家の家政婦、シャルロット ・・・岡田 正
●演出
まず、冒頭のセットをセットする意味がわからない。あれをあえて緞帳の
裏であらかじめやらずに、観客に見せる意図がわからない。
それ以外のセットは時代考証も含め、よく再現できていたと思う。
ただし、やはり冒頭と、ラストのステージ奥の車の意味がわからない・・
●衣装
さすがに、華やかだが、モーツアルトの男爵夫人のように金糸の刺繍や、ふんだんにレースを使った衣装ではなく、若干安っぽく感じる。だが、それぞれのキャストに役柄に合った衣装。キャストの性格が衣装に現れる感じ。
●音楽
ま・・・あんなもんかな・・特に印象に残る演出的な音楽はない
●キャスト
★ルネ・・・東山紀之
あの膨大なセリフをよく覚えた。感想はそのくらいです。
まあ、ドレスなどのすそ裁きや振る舞いは結構違和感なく優雅な感じと言うより、ルネらしく・・・うーん・・よく言葉に言い表せないが・・そんな感じです。
★アンヌ ・・・生田斗真
出番が少なくあまり印象には残らないが、しいて言えば一番世の中を天真爛漫に渡り歩けるいまどき風の女性って感じ?時代考証はあるものの一番現代っ子の雰囲気がある。衣装も少女らしい昔のお人形のような感じ。あまり豪華さはなく・・しいて言えばエリザベートの幼少の頃、皇帝と初めて会ったときのような・・あそこまで、豪華なんだか、雑なんだかわかんない衣装。
まあ、やっぱり人形チックかな・・・衣装は3点
最初はピンクのいかにも少女という感じの衣装。二着目は少しLADYになったからか、かわいらしさの中にもすこし女性らしい優雅さも取り入れたフリルよりリボンが目立つオレンジのドレス・・最後は、大人の女性が着そうな華やかながら、少し気品のあるミントカラーのドレス。前の二着のように露出は少なめではなく、待望の鎖骨が望めるドレス。髪型は当時の貴族にしては地味な感じでブロンドの巻き髪の鬘が印象的。
肝心なセリフは・・・
こちらもかつぜつが悪い。長セリフも若干あるが、まあ、聞き取れるかな・・って感じ。セリフが短いときはまあ、及第点かな・・・抑揚は少ないが・・・一応はあるにはある。そして、女性としての立ち振る舞いは・・・うん、頑張っていましたね。演技中の指先を女性らしく優雅にそろえたり、ドレスのすそ捌きとか、エスコートされるときは頑張って女性を演じていましたよ。個人的には東とのキャキャするシーンは可愛かった。うん。お気に入り。
だが、いかんせん出番が少ない
★ベテラン勢
とにかくウマイ!!ジャニ以上の長セリフを若干噛みながらも見事にセリフにしていて朗読にはなっていなかった。セリフには抑揚があり、感情もセリフの中にちゃんと見え隠れしている。立ち振る舞いも優雅で気品がある感じ。一番驚いたのは、年代ごとにちゃんと演じ分けていること、ジャニは少女から大人の女性になるその違いがわからなかったが、ベテラン勢は、女性の華の時代から老女になったときの演技の違いがさすがに見事だった。女性のまま各年代を演じているのはさすがだった。
●相対的に
これぞ戯曲という感じ。戯曲好きな人にはジャニメンバーには若干いらだちながらも、戯曲としては結構見ごたえあると思う。
ただ、あまりにはすべての状況描写をしすぎて観客にゆだね想像を掻き立たせたりする部分がなく。
例えるなら、ある人がコーヒーを飲むときに、砂糖をいくつ入れてミルクをいくついれそれを銀のスプーンでかき回して飲んだ・・・
と言うレベルではなく。
ある人がどんな形態のカップでどんな種類のコーヒーをどのくらいの豆のひき加減で、カップにはコーヒーがどのくらい入っていて、砂糖は角砂糖か、コーヒー砂糖か、その大きさはどのくらいで、砂糖を入れるときはそっとカップのすみを滑らせていれたのか、ポチャンと落としたのか、銀スプーンは柄つきか、スプーンでかき回すときはゆっくり丸くかき回したのか・・
そんな普通なら描かない、観客に想像させる領域までもこの戯曲は細部まで書き表している感じ。しかも、抽象的と直接的な表現と言葉の美を求めて・・・うーん。ま、そんな感じ。だから、この世界観にはまれないと、自分なりの感性や想像力で舞台に引き込まれる感じがなく。ただステージでは一生懸命演じられていてもそれはステージの上のことで自分には響いてこない、時間を忘れてその世界に没頭できるそんな感じがない。
まあ、平たく言えば・・つい時計を見ちゃう感じ・・
まあ、いろいろ言ったけど・・斗真には非常に勉強になるいい舞台だと思う。ただ、観客はそれを楽しむのではなく。かれの成長過程の一部を垣間見るそんな感じの芝居でした。さてさて・・このさきどう変化するか・・・
追記:結局この作品が言いたかったことは伝えたかったことは、人は独自の価値観や多数の意見に流されずに、その人の本質をみて、自分なりの判断する必要があり。独自の価値観の末に得られた結果は、周りがどう変わろうが揺るぐことはない。つまり、周囲の意見や時代に流されずに自分を信じて、自分の価値観を信じて生きるべき?って事なのかな・・・革命あたりを描いていたのはそのため?
ひゃーーー疲れた・・・
●ストリー(公式より転載)
18世紀、ブルボン王朝末期燗熱の都パリ―。サド侯爵夫人・ルネは、残虐かつ淫靡な醜聞にまみれる夫を庇い、愛し続ける。〝悪徳の怪物〟に〝貞淑の怪物〟として身を捧げる彼女に対し、世間体を重じる母・モントルイユ夫人は様々な手を尽くし別れを迫るが、夫が獄につながれてもなお彼女の決意は揺らがず、対立は続いた。やがてフランス革命が勃発。混乱の中、老境に差しかかったルネのもとに釈放されたサド侯爵が現れるのだが・・・。
夫・サド侯爵の退廃に満ちた姿を“貞淑”と“愛”を武器に庇いつづけるルネ
・・・東山紀之
ルネの母親。“道徳”をもって娘と激しく対立を続けるモントルイユ夫人 ・・・平幹二朗
ルネの妹で“無邪気さと無節操”でサド侯爵と行動を共にするアンヌ ・・・生田斗真
篤い信仰心を持つ母娘の相談相手、シミアーヌ男爵夫人 ・・・大石継太
母娘の相談相手であり、欲望に忠実なサンフォン伯爵夫人 ・・・木場勝己
一家の家政婦、シャルロット ・・・岡田 正
●演出
まず、冒頭のセットをセットする意味がわからない。あれをあえて緞帳の
裏であらかじめやらずに、観客に見せる意図がわからない。
それ以外のセットは時代考証も含め、よく再現できていたと思う。
ただし、やはり冒頭と、ラストのステージ奥の車の意味がわからない・・
●衣装
さすがに、華やかだが、モーツアルトの男爵夫人のように金糸の刺繍や、ふんだんにレースを使った衣装ではなく、若干安っぽく感じる。だが、それぞれのキャストに役柄に合った衣装。キャストの性格が衣装に現れる感じ。
●音楽
ま・・・あんなもんかな・・特に印象に残る演出的な音楽はない
●キャスト
★ルネ・・・東山紀之
あの膨大なセリフをよく覚えた。感想はそのくらいです。
まあ、ドレスなどのすそ裁きや振る舞いは結構違和感なく優雅な感じと言うより、ルネらしく・・・うーん・・よく言葉に言い表せないが・・そんな感じです。
★アンヌ ・・・生田斗真
出番が少なくあまり印象には残らないが、しいて言えば一番世の中を天真爛漫に渡り歩けるいまどき風の女性って感じ?時代考証はあるものの一番現代っ子の雰囲気がある。衣装も少女らしい昔のお人形のような感じ。あまり豪華さはなく・・しいて言えばエリザベートの幼少の頃、皇帝と初めて会ったときのような・・あそこまで、豪華なんだか、雑なんだかわかんない衣装。
まあ、やっぱり人形チックかな・・・衣装は3点
最初はピンクのいかにも少女という感じの衣装。二着目は少しLADYになったからか、かわいらしさの中にもすこし女性らしい優雅さも取り入れたフリルよりリボンが目立つオレンジのドレス・・最後は、大人の女性が着そうな華やかながら、少し気品のあるミントカラーのドレス。前の二着のように露出は少なめではなく、待望の鎖骨が望めるドレス。髪型は当時の貴族にしては地味な感じでブロンドの巻き髪の鬘が印象的。
肝心なセリフは・・・
こちらもかつぜつが悪い。長セリフも若干あるが、まあ、聞き取れるかな・・って感じ。セリフが短いときはまあ、及第点かな・・・抑揚は少ないが・・・一応はあるにはある。そして、女性としての立ち振る舞いは・・・うん、頑張っていましたね。演技中の指先を女性らしく優雅にそろえたり、ドレスのすそ捌きとか、エスコートされるときは頑張って女性を演じていましたよ。個人的には東とのキャキャするシーンは可愛かった。うん。お気に入り。
だが、いかんせん出番が少ない
★ベテラン勢
とにかくウマイ!!ジャニ以上の長セリフを若干噛みながらも見事にセリフにしていて朗読にはなっていなかった。セリフには抑揚があり、感情もセリフの中にちゃんと見え隠れしている。立ち振る舞いも優雅で気品がある感じ。一番驚いたのは、年代ごとにちゃんと演じ分けていること、ジャニは少女から大人の女性になるその違いがわからなかったが、ベテラン勢は、女性の華の時代から老女になったときの演技の違いがさすがに見事だった。女性のまま各年代を演じているのはさすがだった。
●相対的に
これぞ戯曲という感じ。戯曲好きな人にはジャニメンバーには若干いらだちながらも、戯曲としては結構見ごたえあると思う。
ただ、あまりにはすべての状況描写をしすぎて観客にゆだね想像を掻き立たせたりする部分がなく。
例えるなら、ある人がコーヒーを飲むときに、砂糖をいくつ入れてミルクをいくついれそれを銀のスプーンでかき回して飲んだ・・・
と言うレベルではなく。
ある人がどんな形態のカップでどんな種類のコーヒーをどのくらいの豆のひき加減で、カップにはコーヒーがどのくらい入っていて、砂糖は角砂糖か、コーヒー砂糖か、その大きさはどのくらいで、砂糖を入れるときはそっとカップのすみを滑らせていれたのか、ポチャンと落としたのか、銀スプーンは柄つきか、スプーンでかき回すときはゆっくり丸くかき回したのか・・
そんな普通なら描かない、観客に想像させる領域までもこの戯曲は細部まで書き表している感じ。しかも、抽象的と直接的な表現と言葉の美を求めて・・・うーん。ま、そんな感じ。だから、この世界観にはまれないと、自分なりの感性や想像力で舞台に引き込まれる感じがなく。ただステージでは一生懸命演じられていてもそれはステージの上のことで自分には響いてこない、時間を忘れてその世界に没頭できるそんな感じがない。
まあ、平たく言えば・・つい時計を見ちゃう感じ・・
まあ、いろいろ言ったけど・・斗真には非常に勉強になるいい舞台だと思う。ただ、観客はそれを楽しむのではなく。かれの成長過程の一部を垣間見るそんな感じの芝居でした。さてさて・・このさきどう変化するか・・・
追記:結局この作品が言いたかったことは伝えたかったことは、人は独自の価値観や多数の意見に流されずに、その人の本質をみて、自分なりの判断する必要があり。独自の価値観の末に得られた結果は、周りがどう変わろうが揺るぐことはない。つまり、周囲の意見や時代に流されずに自分を信じて、自分の価値観を信じて生きるべき?って事なのかな・・・革命あたりを描いていたのはそのため?
ひゃーーー疲れた・・・
