じーちゃん、すまんね。
今日
じーちゃんとばーちゃんが来た
毎年
正月だけ
親とじーちゃん、ばーちゃんが集まる
去年は集まらなかったので
2年ぶりだった
去年の暮れに親にプレゼントした
D40で記念撮影をした
おまけで付いてきた三脚を立てて
セルフタイマーで
セルフタイマーの使い方が分からず
四苦八苦したが何とか撮れた
家族全員で記念撮影したのって
自分が憶えている限りでは
初めてのような気がする
来年はもう全員で写ることはないから
と親父が冗談を言っていたが
あながち冗談とも言えない
じーちゃん、ばーちゃんは
もう80過ぎだから
母方のじーちゃん、ばーちゃんは
いまだに元気だ
テレビも見ているみたいで
最近の話題にも結構詳しい
ちょっと驚いた
父方はばーちゃんだけが来ている
じーちゃんは僕が小学生の頃に亡くなっているからだ
その父方のばーちゃんは
ボケが始まっていた
ボケているばーちゃんを初めてみた
2年ぶりだったし
こんなに変わるのかと思った
親に聞くと最近、会うといつも同じ話ばかりするのだという
家の中に勝手に知らない人が入ってきて
風呂に入っているのだという
電気を消すといなくなるのだという
最初その話を聞いたときは
本当かと思ったが、ボケてしまったんだと親が言う
その話を聞いているとき
母方のじーちゃん、ばーちゃんも
もうすぐ自分達も
あーなるのかという感じで
聞いていた
切ない感じがした
僕が中学生の時
友達のばーちゃんがボケていて
友達はとても悲しいと
言っていたことをそのとき思い出した
友達はボケたばーちゃんと一緒に住んでいた
苦労がなんとなく分かった
一方、母方のじーちゃんはまだまだ元気だ
親父にも言いたいことを言っていた
そして
僕の職場が相模原にあるということを聞くと
いつも戦争の話を始める
昔は相模原は野原で戦争の訓練をやったものだと
三浦半島でよくかけっこをしたとも言っていた
小学校の時
先生に戦争経験者の人には戦争の話を聞いては
いけないと言われた
悲しい過去だから語りたくない人が多いのだと
でもうちのじーちゃんは全く逆だ
戦争の時のことを良く話したがる
誰も聞いてくれないから
孫くらいにしか話す相手がいないから
らしい
知り合いはみんな戦死して生き残りは自分一人だと言う
ガダルカナル島での話し等
いろいろ語ってくれた
中でも
大東亜戦争に負けたのが最も屈辱だったと言っていた
オーストラリア兵に
素っ裸にされて
身ぐるみ全部取られて
本当に忘れられない屈辱だと
身近に戦争を体験している人の生の話を
初めて聞いたような気がした
じーちゃんは10人兄弟だが
自分のほかにはあと一人しか生き残っていないという
そんな話をきいているうちに
戦争を知らない僕らって
後世に何か伝えなきゃって思った
僕らに出来ることってなんだろうと
今までじーちゃんとあまり話しをしたことがなかった
自分が若かったからかな
まじめに聞いたことはなかった
もう今年で30になる
やっとこの年になって気づいたことが
たくさんあった
今日はじーちゃんの話が聞けてよかった
じーちゃん
ありがとう