◯やってらんねえ


サークルをやめた。


それに伴うあれこれで絶賛メンタルがご臨終している。ぶっちゃけ死ぬほどしんどい。おまけに最近は夢見も悪く、怒られる夢ばかり見ている。これも辛い。


したがって、今回は次回予告から外れて番外編をお送りする。



◯自己肯定感ってなんだよ


自分のこと、好きですか?


私は嫌いです。大っ嫌いです。自分のことが世界で1番嫌いです。きっと。


……敬語タイム終わり。


いやだってさ〜……、自分だよ?他の誰かじゃなくて自分自身のことだよ?そんなの大っ嫌いに決まってない?


自己肯定感?そこに無ければ無いですね。


自信だなんだって、そんなの遠い遠い幼少期にゴミ箱に捨てたし。もう今更どこに行ったのか分かるわけないし。多分今頃火星の横あたりで泳いでいるんじゃない?


なんでみんなそんなに自分に自信を持っていられるのだろう。自分自身なのに、なんで?それはなんというか、私にはとても信じられないことだ。明日地球が滅ぶぐらいに。


精神科に通い始めてから気がついたことなんだけど、抗うつ薬を飲むと根拠の無い自信が湧いてくるんだよね。つまり普通の人は根拠の無い自信を持って生きているということだ。私からすると、そんな普通の人達はものすごくナルシストか何かに見えてしまう。


どうやら普通の人というのは、何も考えずにぼーっと楽観的に生きているらしい。マジかよ人類。


あそこの歩道橋から落ちたらどうなるのかなあとか、この鋏で喉を切ったら死ぬのかなあとか、私が死んでも誰も悲しまないんだろうなあとか。大抵の人はそんなことを考えないそうで。それガチなの?


本当の本当に、死にたいとか消えたいとかみんな考えないの?


何をどうしても自分はコミュニケーションが下手くそだし、存在の価値がないし、一生孤独な存在だ。私だけが、ずっと仲間はずれだ。私はいつもどこにも属さない。属せない。ひとりぼっちの情けない人間だ。


被害妄想でもなんでもなく、私は人から好かれない。大体はどうでもいいと思われているか嫌われている。私はいつも放置されるか馬鹿にされるかのどちらかの存在だ。実際私が死んで本気で涙を流してくれる人はいないだろう。


だから私には生きている価値がない。


頼むから「そんなことないよ」なんて言わないでくれよ。私はそんな言葉が欲しいんじゃないんだ。私は慰められたいわけでも慈悲をかけられたいわけでもない。


お願いだから私から自己批判の権利を奪わないでほしい。やめたくてやめられるものじゃないんだ。これは私なりの精神的自傷でもあるのだから。



◯「死にたい」ではなく「死んでいる」


「そんなに死にたいとかのに、じゃあなんでお前は死なずにのうのうと生きているんだ?」


その答えは簡単、私はすでに死んでいるからだ。


もちろん肉体的にではなく、精神的な意味での死だ。私の心はもう死んでしまっているのである。そしてそれは蘇ることは無い。もう2度と生き返らない。


「心を壊す」とはよく言ったもので、人間の心はショックを受けると本気で修復不可能になるまで粉々になる。メンタルなんて全く壊すものじゃない。


私は死にたいのではない。生きたいのでもないが。


私が死んだ日の話をしよう。


15歳の12月のあの日、私は死んだ。誰がなんと言おうと私はあの日死んだ。あっけなく、そっけなく、「お前の存在なんて意味がねえんだよ」とでも言うように、ごく簡単にあっさりと私は死んだ。


死因は「そんなことやってんのお前だけだよ」。


……いやあ、あれはショックやトラウマなんて表現で収まっていい言葉じゃないよ。致命傷も致命傷だ。なんてことをしてくれたんだ。


私があの日死んだのはある意味では必然だった。多分あの日死ななくても、近い未来にどのみち死んでいた。コップが溢れる直前の最後の一滴がたまたまあの日だっただけで、あんな生き方をしていたらそりゃあそんなことになるだろう。と、納得はしている。


いや、本当は納得していない。


だってさ、私、裏切られたんだ。あんなに信じていたのに、奉仕していたのに、ずっと騙されていたことに気がついてしまったんだ。


みんな知らないんだ。


私だけが加湿器の給水をしていたことも。


先生が問題児達に構うのが羨ましかったことも。


吐き気を抑えつけてテスト勉強していたことも。


テストで1位を取った時に褒めて欲しかったことも。


友達がいないから読書をしていたことも。


家族の入院や手術に平気なフリをしていたことも。


お風呂場で毎晩泣いていたことも。


1人で深夜2時まで毎日勉強していたことも。


本当はずっと助けて欲しかったことも。


みんなみんな知らないんだ!!!!


あんなに頑張ったのに、努力したと言うのに、それが全部全部意味がないことだっただって?冗談じゃない!そんなの信じられるわけないじゃないか!


私は真面目だ!クソ真面目だ!頭の固い優等生だ!馬鹿にされても笑われても、努力はいつか必ず報われると信じていた!


……なのに。私の努力は報われなかった。なんの意味も無かった。全てが私を嘲笑った。真面目は私を裏切った。


頑張ったんだ。死ぬほど頑張ったんだ。だってそんな生き方しか知らなかったから。私は不器用だから愚直な方法しか思い浮かばなかったから。馬鹿なりに馬鹿な方法で真面目になろうとしていた。


頑張ったのに。


神様、なんで私は報われなかったの……?


なんで私はいつも放っておかれるんですか?


なんで私はいつも人に馬鹿にされるんですか?


酷いよ、酷いよ。そんなのって無いよ。私はただ普通に友達と遊んで、普通に学校で勉強をして、普通に家族とお喋りしたかっただけなのに。神様はどれも叶えてくれなかったね。


私の元にはヒーローも魔法少女も現れなかったんだ。誰も私を助けてくれなかった。嘘つき。


では、救助されなかった市民はどうなるのか?


そんなの、死ぬしかないだろう。当たり前だ。危機にあるのに助けが来なかったら、奇跡でも起こらない限り死ぬしかない。


私はその日から幽霊になった。


第一に、現実感が消えた。体がふわりふわりと浮いているような感覚を常に持つようになった。すーっと浮遊して天井の隅から部屋を俯瞰して見ている感覚がした。


誰かと教室で話している時、何かを喋っているらしい自分をずっと遠くから眺めていた。何故か抵抗する気は起きなかった。逆らえず抗えず、ただただ受け身に過ごしていた。


第二に、景色が白くなった。私の世界から色という色が消え失せた。いや、本当は色を認識できている。赤を赤と、青を青と言うことはできた。正確には私はありとあらゆる色を白く感じるようになったのだ。赤を見て白いなあと、青を見て白いなあと、そう思うようになっていた。


私の世界はくすんでいた。色褪せていた。それは温かく包み込むような白ではなく、冷たい人工的な白の世界だった。


第三に感情の起伏が無くなった。人間に擬態するためにそれなりのリアクションはしていたが、「何が面白いんだろう」と心の底では思っていた。


そして私の中からはじめに「楽しい」が消えた。次に「怒り」、最後に「悲しい」が消えた。


漫画やアニメの世界で「感情がない」キャラクターが描かれることがある。中学生ぐらいの未成年がそれに惹かれることがある。「かっこいい!」と。


冗談じゃねえぞ。地獄も地獄だぞ。食事もまずいし寝れなくなるし五感の全てが鈍化するんだ。そして面白くもなんともない、つまらない嫌な人間が完成する。というか、ここまで来ると人間じゃない。化け物だ。


私が人はそれを「鬱」と呼ぶのを知ったのは、20歳になってからのことだ。


「鬱」でないにしても食事や睡眠に支障をきたすようになったのなら、精神科を訪れることを躊躇わないでほしい。あなたがそれで生活や学校、職場で困っているのなら、受診を我慢する必要は全く無いのだから。


そんな状態が数ヶ月続いた。私は高校生になっていた。ちょうどコロナが流行り出した時期だった。


ある日、ふと布団のなかで考えた。私はなんで死にたいと思わないのだろう?


こんな変な状態になってしまっているのに希死念慮が一向に湧いてこない。死にたいと思えない。かといって生きていたいとも思えないが。そこに違和感を覚えていた。(ちなみに本物の希死念慮が大学でおとずれることになるが、それはまた別の話。)


……ああ、そうか。私死にたいんじゃない。死んでいるんだ。


そうシナプスがつながった瞬間、全てに納得がいった。自分の状態の理由にも、希死念慮が無い理由にも、自分が化け物である理由にも、全て納得した。


そして私は、そんな私を幽霊のようだと思った。私が死を認識したのは死んでから数ヶ月してからだ。


本来なら、私も幽霊になる前にカウンセリングや精神科のお世話になればよかった。あんなにしんどかったのに私は我慢してしまった。「こんなこと大したことない」と思ってしまった。その結果がこのザマだ。


「なんでそんな自分のことを他人事みたいな言い方をするの?」だって?実際、他人事だからだよ。


本当は幽霊になんてなりたくなかった。


生きていたかった。死にたくなかった。


友達とお喋りして、ゲラゲラ笑って、勉強に集中して、部活も楽しくやって、家族団らんをして、誰も病気や怪我をしないで。そんなありふれた青春を、普通の毎日を、私だって送りたかった。


全て叶わなかったんだけどね。



◯「普通」って何?


発達障害の人がよくぶち当たる問題がある。


「コミュニケーション」の問題だ。


おそらくだが、人間関係に盛大に悩んでいる当事者の方も多いのではないのだろうか。挙句の果てには二次障害を発症した人もいるだろう。私のように。


ちなみに私は医者からもコミュニケーションの不器用さを指摘されている。大正解。


部屋が片付けられないとか、よく物を無くしたり壊したりしてしまうとか、家事ができないとか。確かにそれも困っている。そしてそれ以上に私はコミュニケーションの下手さに困っている。私はADHDだが、人間関係における困難さがあるという意味ではASDの要素も含んでいるのかもしれない。


分かる人がいたらぜひ教えて欲しいのだが、「普通」って一体なんなの?


生まれてこの方20年、私には友達ができたことがない。……いや、それっぽい人は最近になって初めてできたが、それはまた後日話そう。


私には不用意な発言や行動が多い。つい気分が上がって言い過ぎてしまったり、過激な行動を取ることがある。それでいつも人に嫌われて、「やってしまった」と後で後悔する。そしてその時には後の祭りで、謝罪してもどうにもならなくなっている。


具体例を列挙するのは、この記事の読者に「それはお前が悪いよ」なんて思われたり批判されたりしたら私のメンタルが死んでしまうのでやめておく。強がっているだけで私の精神は全く持って脆い。


嫌われすぎて怒られすぎて、私の自信は地の底まで落ちてしまった。


みんな私のことが嫌いだ。妄想ではなく、私はみんなの嫌われ者だ。人に嫌われすぎて、私はサークルをやめた(これもまた後日)。


私の周りには、常に怒っている人か無関心な人、馬鹿にする人しかいなかった。私が困っていることに気がついてくれる人なんてどこにもいなかった。


私は「普通」が分からない。小さい頃から「変わってる」と言われ続けてきた。私だって好きでこうなったんじゃないが、私は「普通」ではないらしい。


私はどうやら人を傷つけてしまうそうで、そして私には「それはまずい」と思うぐらいの知能があった。だから私は人と関わらない道を選んだ。するとどうなるか。ますますコミュニケーションが下手になった。


友達が欲しい。


欲しいよ!死ぬほど欲しいよ!孤独なんか好きなわけないだろう!?でもダメなんだよ!私といたらその人が傷ついてしまうから!嫌な思いをするから!


たまに勇気を出して人と交流を図ろうとする時もあるんだ。気を遣って、神経をすり減らして、発言に気をつけて、人間のフリをして。死ぬほど疲れるけど頑張ったんだ。全部失敗したけど。


これが発達障害のせいなのか私の性格のせいなのかは分からないが、私はこの厄介な自分の特性に非常に困らされている。おかげで人間関係がことごとく上手くいかない。


だから私には友達ができない。物心がついた時から大学生になるまで、私は孤独感と共に成長してきた。


あのね。私、ひとりぼっちなのがすごく寂しい。


1人は嫌だ。誰かといたい。誰でもいいから仲の良い人が欲しい。深い仲を築きたい。愛したいし愛されたい。


できるのなら、私は女の子の友達が欲しい。


私は男社会の中で暮らしてきた。男性の中に少人数だけ女子がいるのがデフォルトだった。私は女子の文化を知らない。だから私には「女の子の友達」というものにすっごく憧れがある。


私はいつまで頑張り続けなきゃいけないの?


私、もう疲れちゃったよ。これ以上努力をしろって、それはもう無理な話だ。頑張ってコレなんだよ。コレが私の精一杯なんだ。ふざけてもおどけてもいない。私は常に真剣だ。


生きているだけで嫌われる。


そんな私には生きる価値が無い。


そんな私のことが、私は心底大嫌いだ。