4月30日、次男が亡くなりました。
4月27日夜に入院してあっという間に逝ってしまいました。
35歳、5月25日で36歳になるところでした。

お通夜は5月5日、告別式は5月6日でした。
ゴールデンウィークにも拘わらずお通夜に300名以上の方にお焼香に来て頂きました。
告別式にも150名以上の方に参列して頂きました。
遠くから来て頂いた方も大勢いらしたので本当に有りがたく感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。

すぐにお線香やお花を遠方から届けてくださった方も大勢いました。
息子の部屋は素敵なお花でいっぱいになりました。
弔電もたくさん頂きました。
本当にありがとうございました。

息子の幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、少年野球の仲間、社会人野球の仲間、主人の会社の方、野球の審判の仲間、私の友達、近所の方、親戚、本当に大勢の皆様に息子は見送られ旅立って行きました。

お通夜もお葬式もやってお骨になって、でもまだ息子が亡くなった事が信じられなくて。
何処かに出掛けていて、その内に帰ってくるんじゃないかと、つい思ってしまうんです。
絶対そんな訳ないのに。
寂しい、哀しい、辛いと言う感情は今の私はあまりないんです。
まだ夢を見ているような感覚です。
寂しくて哀しくて辛いのかも知れないけど、なんだかそれがよくわからないんです。

現実を受け止められないのかも知れませんね。
35年間、いつも一緒に暮らしていたので余計に居なくなった事が信じられないし認めたくないような気持ちなんでしょうか。
本当になんだかわからないんです。

 スピリチュアルなお嫁さんやY先生が息子は私の傍にいつもいるからと教えてくれます。
お料理を作っている時になんか後ろから見ているような気配は確かにあります。
息子に話しかけたり心の中で思うだけで息子はわかるからと教えてくれました。
息子は今、元気にアチコチに飛びまわっていると教えてくれました。
私の亡くなった父とも会えたそうです。
色々教えてくれるので本当にありがたいです。教えてくれるので今はあまり哀しくはないのかも知れませんね。

朝ごはん、夕食は今まで通りに炊きたてのご飯、お味噌汁、お肉やお魚のおかずを陰膳しています。
氷いっぱいのお水と美味しいお茶も必ずお供えしています。
ちっとも減らないご飯やお水を見ては溜息ついちゃいますが。

30日に息子は病院から帰ってきました。お通夜までの5日間は家に居られたので大勢の方がお焼香に来てくださいました。
私は30日から息子の部屋で寝ています。
6月17日の四十九日の納骨までは一緒に寝ようと思います。
今日で亡くなって4週間、これから納骨してからがきっと寂しくなってくるんでしょうね。

息子は本当に頑張ってくれました。
短い人生だったけど精一杯頑張って全うして逝ったと思います。
病気で辛い時もたくさんあったけど生涯愚痴一つ言わないで本当に頑張ってくれました。
学校の先生や病院の看護師さんに「本当に前向きでひたむきで思いやりがあって、お母さんどうやって育てたんですか?」とよく聞かれました。私はただ普通に育てただけですといつもそう応えました。本当に普通に育てただけですから。
私が言うのも変ですが息子は本当に誰からも好かれ愛されていたと思います。

前世でも2〜3回私と親子だったとY先生に教えて貰いました。
来世でも親子になれるとも教えてくれました。
だから又何処かできっと息子と会えるんです。それを信じていますから。
身体は無くなっても魂は永遠なんですね。

病院で麻酔の注射を打つ前に集まってくれた親戚や友達みんなにちゃんと最後の挨拶をして息子は注射をして貰いました。
廊下にいた20名くらいの方に息子は「入って貰って」と私に言いました。皆さんが病室に入ってから、一人一人の顔を見て「みんな今までありがとう」としっかりした声で言いました。
札幌の姉や一番の仲良しの山梨に住んでいる兄弟みたいな友達には病室から電話を掛けて息子の声を聞かせました。
「○○○○」と息子は友達の名前を言いました。「今までありがとう」
札幌の姉には「おばあちゃんを宜しくお願いします」と言っていました。
みんなにきちんとお別れをして麻酔の注射を打って貰いました。
麻酔の注射を打ってからは時々、目を開けて「お母さん」と呼びました。私の顔を見て確認していました。
「ここにお母さんいるからね」「お父さんもお兄ちゃんもいるからね。」と耳元で私は言いました。
この時の記憶はちゃんと覚えています。
4月28日土曜日の事です。
山梨の友達はこの電話ですぐに病院に駆け付けてくれました。

夜11時過ぎに病院に着きました。
それからはずっと私達家族と一緒に病院に詰めてくれました。
交代でシャワー浴びに家に一度帰ったりも出来ました。
本当に心強く有りがたかったです。

29日の夜から息子夫婦はわたるをお嫁さんの実家に預けて朝5時まで息子の足をさすってくれていました。
私は病室の簡易ベッドで3時間くら寝かせて貰いました。5時頃に私は起きました。
息子を見た時に昨日より呼吸をする数が少ないなぁと思いました。

8時頃から酸素が計れなくなり呼吸数が少なくなってきました。
私は看護師さんに「○○○は今、苦しいの?」っと聞きました。
そしたら看護師さんは「全然苦しくないから大丈夫ですよ」って教えてくれました。
私はとても安心しました。
耳元で「頑張って」と言いました。
最後に「ハァ〜」って大きく息を吸ったあとは呼吸をしなくなりました。「ス〜」って静かに息を引き取りました。
4月30日月曜日8時13分に息子は息を引き取りました。
最後は本当に穏やかでした。
最後が苦しくなくて本当に良かったと思いました。

息子は命日に私が哀しまないように、わたるの誕生日に亡くなりました。前日に亡くなってもおかしくないし、次の日に亡くなってもおかしくないのに365分の一の4月30日わたるの誕生日に亡くなりました。
本当に息子らしいとみんなで言ってます。
私が耳元で「なんで私を選んで生まれてきたの?」って聞いたら「好きだから」と意識が混濁しているのに息子はちゃんとそう応えてくれました。
一度もそんな事を私は思ってもいなかったので本当にびっくりしました。でも感動しました。
姉や従姉妹、姪達は「○○ちゃんは
○○子、○○子おばちゃんが大好きだったよ」って言ってくれて、それにも私はびっくりでした。
知らなかったのは私だけでした。
「もう、早く言ってよ〜」って私は思いました。男の子はお母さんが好きとかよく言うけど、うちの子達は違うなぁと思っていたから。
長い長い文章になってしまいました。
読むのが大変なのでスルーしてくださいね。最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

私は今、怖いものは何もないです。
本当に何も怖くないです。

息子が私を成長させてくれました。
たくさんの学びがありました。
まだまだこれからも学びは続くんでしょうね。
人間はこの世に修行する為に生まれてくると聞きました。
あの世に持って行かれるのは感動と経験だけです。
これからも色々な修行が待っているんでしょうね。


秀樹より息子は16日先輩だから、秀樹の事を頼みました。
向こうで秀樹に会えたかな。
「母が五郎さんのファンなんですよ」なんて秀樹に話をしているんじゃないかな。
XJAPANのヒデのファンだったのでヒデにも会えたかなと思います。

五郎ちゃんの弔辞、本当に素晴らしかったです。
何回読んでも泣いちゃいます。

大丈夫とブログに書いてあったけど絶対に大丈夫じゃないと思います。
心の整理とかそんなの絶対に無理です。
整理つく訳がないし、哀しみは時間が癒してくれるって、本当ですか?
五郎ちゃんも無理しないで欲しいです。
今は秀樹が亡くなったのが信じられないんじゃないかなと思います。
私と同じようにお通夜も告別式も全てやってきたのに。

身体は無くなっても魂は永遠だから。
いつも秀樹は五郎ちゃんのところに来てます。

思い出した、息子はY先生とこに行って「これからは僕がみんなを守るから」と亡くなってすぐにそれを伝えに行ったと聞きました。
きっと息子が私達家族やみんなを守ってくれます。
五郎ちゃんも守ってと弔辞読む日にお線香をあげながら息子にお願いしました。
お嫁さんにも五郎ちゃんにパワー送ってと頼みました。
うちのお嫁さん本当に凄いんです。
遠隔ヒーリングも出来るので私に時々ヒーリング送ってくれます。
病院の簡易ベッドで私が寝ていた時もヒーリング送ってくれたそうです。
だから私は寝られたとあとから聞いて思いました。
私はどこでも寝られなくて本当にいつも困っています。そんな私が寝られたんです。

又色々書いちゃって。
そろそろ寝ます。
おやすみなさい。

やっぱり健康第一です。
皆様も身体には本当に気をつけてくださいね。
私は五郎ちゃんの歌をいつまでも元気で聞きに行きたいので頑張ります。
又ジムに通って足腰を鍛えなくちゃ。

息子の誕生日のケーキ🎂
名前のところはたまたま生クリームがついちゃったのです。

みんなでお寿司、焼き鳥、たらこスパゲティ、サラダ、煮物等でいつものようにお祝いしました。
最近、写真を全然撮ってなくて。
お料理はちゃんと毎日作っています。
これからは又写真撮ろうと思っています。