子供の頃は、テレビで映画ばかり見てましたよ。
あと、野生の王国とか。
野生の王国では、自然界の雄大さを感じたな。
テレビでやってた映画は、感受性を高めてくれたと思う。
それに、映画というものが、光と影から成り立っている事を知った事が、子供の頃の僕に取って、大変な発見に成りました。
子供の頃、父親とベンハーという映画をテレビで見た。
物凄い感動だったよね。
ローマ帝国がエルサレムを統治していた時代。
エルサレムに、ユダヤの王族の息子、ベンハーがいた。
そこに、昔の親友が帰って来た。
親友は、ローマ人でエルサレムの指揮官か何か、偉く成って帰って来たんだな。
ベンハーと親友は、抱き合って再会を喜んだ。
しかし、親友は出世の為にベンハーを裏切るんだ。
ベンハーを奴隷にして、奴隷船に送り。
ベンハーの母と妹は、地下牢に閉じ込めてしまった。
親友は、エルサレムを統治する為に、ユダヤの王族であるベンハー一族を、親友であるにも関わらず罪人にして処罰したんだ。
ベンハーは、鎖に繋がれ奴隷に成ったが、復讐を誓うんだ。
必ずエルサレムに戻り、復讐をして母と妹を助けると。
やがてベンハーは、汚名を晴らしてエルサレムに戻って来る。
そして、馬車式の戦車の競技で、親友と決闘をするんだ。
激闘の末に、ベンハーは優勝し、親友は戦車に巻き込まれ、馬に蹴られてボロボロに成ってしまうんだね。
ベンハーの復讐は完結したと思われた。
ところが、傷だらけの親友の所に行くと、親友は死ぬ間際でこう言うんだ。
戦いはまだ終わっていない。
お前の母親と妹は生きている。
そして親友は息を引き取った。
ベンハーの母と妹は、難病に犯されグチャグチャなんだよね。
数年間、日の当たらない地下牢に閉じ込められていましたから、発見された時には疫病か何かでグチャグチャだったんだ。
どんなに親友を恨んでも、復讐をしようと思っても、親友はもういない。
これって、普段僕がやっている浄霊に似てますよ。
浄霊する霊達は、どんなに恨んでいても、もう何も出来ない存在達です。
ベンハーみたいだ。
やがてベンハーは、憎悪に満ちた親友に似て来てしまう。
そんな時に、ゴルゴタの丘でキリストが処刑されるのだ。
キリストの処刑を目撃したベンハーは、そこで愛を知るんだよね。
愛を知る事で、ベンハーは復讐心から解放され、親友との戦いも終わるんだ。
そして、映画は終わる。
本当、まるで僕の浄霊の原点を見るような映画だよ。
愛って何だろうか?
真実の愛。
あのね、この世にたった1人だって善人なんていないだよ。
同時に悪人もいないんだ。
この世は映画と同じで、光と影で成り立っています。
芸能人を見て下さいよ。
幸せを沢山持ってますが、不幸も沢山受けてますよね。
人に好かれたら、それだけ人に憎まれるんだ。
百人に好かれたら、百人に嫌われるというような、算数では無いよ。
100人に好かれたら、100人分の嫉妬や妬み、恨みを同時に得る事に成るの。
世界中の人達に恨まれたって、その人は、その人を愛する人も必ず同じ分だけ愛しているんだよ。
良い人は、よく悪い人に殺されます。
世の中の為に成る人は、よく暗殺される。
沢山愛されたら、沢山憎まれる。
沢山憎まれても、どこかで沢山愛されてる。
キリストは、皆に愛されたから、酷く恨まれもしたんだよね。
我々は全員、ある人達に取っては良い人で、ある人達に取っては悪い人なんだ。
善悪は、誰もが同じ分量だけあって。
誰1人、この世には良い人も悪い人もいないのです。
善悪は、誰もが同じ分量だけあるのだ。
世の中は、光と影で出来ていて、これを僕は2極性と呼んでいます。
光と影を越える事を、2極性を越えると言っています。
2極性を越えるとは、心の中の善悪の戦いが無い状態です。
これは、何も感じないという事では無いよ。
よく、悪い事に対して、愛してます有り難うなんて言ってるのは、それは悪い事を良い事だとしたいだけなんだよね。
心の中で、善で在りたいと思うから、何でもかんでも善で覆い隠そうとしてしまうのです。
これは、まだまだ心の中で、善悪が戦っている状態なんだ。
そうではなく、自分の怒れる感情を許し。
自分を許せるから、他人も許せるものなんだと。
自分の悪を受け入れた状態が、初めて人の悪を受け入れられるんだ。
真実の愛は、そういうものでしょう?
自分の悪を庇う為の善で、覆い隠す事は悪では無いよね。
自分を愛せれば、人を愛せるとはそういう事だよ。
これから、地球上に大災害が起こり。
地球は新しい時代を迎える事に成る。
これは、秘密結社が計画的に起こす事なんだが。
これを恨めば、たちまちあなたも秘密結社の仲間入りと成ります。
秘密結社が、大災害を起こしてるのとは違うからね。
秘密結社が大災害を起こせるのは、必ず逆の力が働いているからなんです。
悪だけでは、この世は動きません。
善悪戦いに生きるから、勘違いをしてしまうんだよね。
まあ、単純に言ってしまえば。
怒る時に怒れて、泣きたい時に泣き。
嬉しい時に喜び、笑いたい時に笑う。
こういう奴こそ、愛したいし。
こういう奴こそ、人を深く愛せる奴ですよ。
感情は、エネルギーである。
生きるエネルギーだ。
強い感情を持ったベンハーは、同時に大きな幸せを得ただろう。
それを教えたキリストは。
これもやっぱり、深い感情を持っていたんだろうね。
2極性を越えた愛があったんだ。