僕の講演会のスタッフですが。最近では、一般の方々が増えて来ています。
一般のスタッフを、誰が選ぶかと言いますと、僕本人が選んでいます。
その、選ばれたスタッフですが、一様に何で私が?って、顔をしています。
スタッフは、僕の側近になりますから、彼らにしてみたら、自分よりも先生に近い人は、他にも大勢いると思っているのです。
何で自分が選ばれたんだろう?と思う訳ですよ。
選ばれたスタッフは、どちらかと言うと、あまり僕とは直に話さなかった人たちが多い。
逆に言って、僕と近い人は、僕はあまりスタッフとして選ばないのです。
と言うか、近い人って、選べる人材が少ないんです。
と言うのは、僕と近い人って、質問ばかりしてますよね。
自分で考える事をせず。僕に質問して、僕に考えて答えを出させる人が多いんです。
まあ、質問が多くても良いのですが。頭の中で知り得た答えなんて、僕から聞いても、自分で出した答えだとしても、あまり人生には意味が無いモノなんですよ。
青い太陽では、この能力を究極の自己主張だと言っています。
そして、教えは技術にあると言っています。
これは、ある意味で、人生の答えは、自分が現した現象にあると言っているのですよ。
従って、現実と無関係に、頭の中だけで出た答えなんて偽物なのです。
自分が研鑽し、自分が努力して得る事が出来た。その人生の答えは、現象化した現実だけなのですよ。
頭の中で、考えて出した答えは、頭の中で学び終えた気がしているだけです。
しかもその答えが、自分が出した答えではなく。他人から得た答えだとしたら、ドンドン自分から遠ざかってしまいます。
これでは、いつまでも自分自身の本質である。魂には戻る事は出来ませんね。
自分から分離し、他人に近付くだけになってしまう。
これでは、他人に取っての幸せは得れても。自分の幸せは得れないのでしょう。
ちっとも幸せを感じる事は出来ないと思います。
猫が犬を目指しても、決して犬には成れず。猫としての幸せは、いつまでも得られません。
あるクライアントがいました。
彼女は、ちょっと遠くに住んでいる社長令嬢で、よく家に相談に来ていました。
毎月、毎月、何でわざわざ県外から来るのかと、僕は疑問に思っていました。
彼女の父親の会社は、何人かお抱えの霊能力者がいるので、わざわざ僕に相談に来る必要は無いはずです。
その件に関して、彼女に聞いてみました。すると彼女は、こう言いました。
色々な霊能力者の知り合いはいますが、皆、答えを教えてくれます。
でも、先生は答えを教えずに、こちらに答えを出させてくれますよね?
私は、答えを出す為に来ているのです。
彼女は、そう言いました。
もう、8年も前の事でしたので、僕も大した能力者では無かったですから、それが通じていた事を、僕はとても嬉しく思いました。
僕は、人間に取って、気付く事は、とても大切な事だと思うのです。
同じ答えでも、他人に教えてもらった事と、自分で気付いた事は、全く違うのです。
気付く事は、元々知っていた事に、思考が辿り着く事なのですね。
例えばね、僕は慈愛と言います。と言ったとして。
僕の事を、知らない人は慈愛って言うんだね?そうですか。となる訳です。
ところが、僕の事を噂で知っていた人は、僕が慈愛ですと言えば、ああ貴方が慈愛だったんですか。となる訳です。
例えが悪かったかな?
教えて貰ったものは、ただの知識として蓄積されますが。
ああ、そうだったのか?と気付いたモノは、自分の内側から出た答えなのです。
気付く事は、自分自身に辿り着く事と同じです。
人間は、自分の成長の為に、必要なモノは、全て内側に持っています。
そしてそれは、人生の様々な場面で現象化されています。
その現象を学び、乗り越える事で、人間は進化出来るのです。
しかし、その現象化されてい状態。その意味がわからないから、成長が出来ない訳なのですよ。
それが、人生の壁であり、悩みという形で現れているのです。
全ては写し鏡で、人生には無駄は無い。
そんた事は、今時、小学生のお嬢ちゃんでも知っています。
しかし、自分のどの部分が写し鏡に写り。どの様な意味があるのかを知らなければ。人生に無駄が無い事なんて、気付けません。
ところが、ただ人生に無駄が無いという答えだけを貰って皆さん満足しています。
答えを聞いたら、それ以上考える事をやめるのが人間です。
それでは、本当に答えを知った事にはならないのです。
本当の答えを知らなければ、いつまでも同じ悩みを繰り返す事になってしまうでしょう。
自分で自分の内側にある、学びの根元に思考が繋がらなければ、本当の答えではないのです。
他人に教えて貰った答えは、それは他人の答えです。
そして、その答えは、外側に現れるまで、学びは終わらないのですよ。
外側に現れないで、ただ頭の中だけで解決しているうちは、人生は何も変わらない。
ですから、青い太陽では、最初は徹底的に現象化に拘っています。
答えを外側に出す事を、まずは体感する為ですよ。
それが出来て、初めて知識に移ります。
僕が選んだ。一般のスタッフですが。
彼らは、答えを僕には求めません。
質問は少ないですね。
質問は少ないが、講演会で話した内容は、よく理解しています。
一方、僕に近い人たちは、質問が多いです。
何でも聞いて、あまり学びません。
そして、僕を独占します。
彼らは、僕が伝えている事を、理解していないのですよ。
僕に近付けば近付く程、自分から遠ざかってしまいます。
これでは、宗教になりますよ。
そして、僕を独占してしまうので、対立を作り出し、後援会は回りません。
この後援会ですが、後援会の役員は、全員青い太陽の会員で組織化し、全員理事になっています。
これは、慈愛が青い太陽を宗教にし、会員を利用しているように見えるかも知れません。
もしも後援会の役員が、慈愛から何かを貰おうと思って入会していたら、確かに宗教になっていたかも知れませんね。
元々、青い太陽というのは、僕が超能力を使い。多くの人たちの役に立てない環境にあったので。僕の代わりに、それをやってくれる人を募って、無料で超能力の使い方を伝える為に立ち上げました。
青い太陽なんて名前は、特に出さなくて良いから。この技術を使って、誰かの役に立って欲しいという願いが、僕にはあったんですね。
ところが、その願いに一番近いのは、僕自身になってしまったのです。
そして、一般の方々から、後援会の話が出るようになり。
だったら、信頼出来る青い太陽の会員に、後援会を作って欲しいと言ったのが、始まりなのですね。
後援会が出来て、直ぐの事です。
一人、お役に立てないと言って、辞めてしまいました。
僕は、この時、凄く辛い気持ちになりました。
なかなか、僕の想いは伝わらないモノだと痛感する事になったのです。
お役に立てない。
僕は、その会員と、そんな付き合いをして来たつもりではありませんでした。
確かに、人間同士、お互いの為になる事は望ましいです。
お役に立つって事も、やっぱり人間関係の基本ではありますよ。
でも、人間の基本は愛だと思うのです。
ある、ご相談者の事なのですが、旦那さまの浮気について相談に来ました。
彼女は、何故浮気をされるのかがわからないと言います。
僕は言いました。
でも、貴女も浮気してますよね?
そんなの、霊能力者ですから、見てわかりますよ。
彼女は、旦那さまに相手にされない寂しさから、浮気をしていると言いました。
これ、単純に。相手が浮気をしたから、自分も仕返しにやったという事では無いのです。
まず、旦那さまが浮気をした事で、彼女は浮気は悪いモノだと感じます。
浮気そのものを、憎む訳ですね。
だって、自分に取って悪なのですから。
夫婦関係とは、シーソーの様なモノです。
相手に合わせて、相手の正反対が、自分の中で大きくなります。
これは、夫婦だけでなく。どんな人間関係でも同じですが。
相手の悪を見て、それを見れば見る程、自分の善は強くなります。
悪い所を重く捉えれば、自分の善は、それだけ重くなります。
それで、シーソーはバランスを取るのですよね。
ですが、それは自分の写し鏡を見ているだけなのです。
自分が持っている悪を、外側に見ているのですよ。
その悪も、最初は小さなモノでした。
ところが、自分の善を重くし、相手の悪も重くした為に、その内側の悪も自然に重くなってしまう訳ですよ。
ある程度重くなれば、写し鏡として、同じ事が現象化致します。
ですから、その女性も、やがて浮気をする事になったのです。
この話。もう一度、繰り返しますよ。
旦那さまの悪を、強く感じた為に。自分の善も強くなりました。
そして、心のバランスを取ったのです。
バランスは取りましたが、それだけでは気持ちは収まらず。
更に相手は悪を悪く思い、自分は善を強くして行きました。
旦那さまの悪は、元々自分も持っていたから現象化していたのですが。
そこで、は終わらず。更に思い続けた為に、元々小さかった悪も、成長してしまい。
ある程度重くなった時点で、写し鏡として、自分が浮気という現象に現れただけなのです。
元々は、小さかった写し鏡も、強く思い続けた為に、自分も同じ事をしてしまった訳です。
まあ、結果的に、同じ事をする事で。対等になれますから、バランスが取れた訳です。
元々、何で旦那さまは浮気をしたのでしょうか?
男が浮気をするのは、男として扱って欲しいからなんですよ。
男って、生まれた時には、元々女々しいのです。
元々が女々しいですから、男らしくなりたいと思うのです。
女は逆に、男らしく生まれるのです。
元々が、男らしいですから、女らしくなろうと思うのです。
お互いに、元々が逆ですから、異性の良さがわかるんです。
男は女らしさを知ってますので、女の良さがわかり、女を好きになれます。
女も元々、男らしさを知ってますので、男を好きになれるのです。
これは、心の内側の話ですから、誰も気付いていません。
旦那が妻を、女として扱わなければ、妻は内心焦りますよ。
女として、扱ってもらわなければ、男らしさが出てしまいますからね。
逆に旦那も、妻に男として扱ってもらわないと、内心焦るのです。
男として、扱ってもらわないと、女々しくなってしまいますから。
これは、心の内側での話ですから、誰も気付きませんが。そういった焦りがあり。男は浮気をしたり、飲みに行くのです。
浮気をする事で、男性である事を思い出し。飲みに行って、ホステスに男性として扱ってもらい。男として安心したいのです。
つまり、男女はお互いに、無意識に依存しているのですよ。
この、お互いの、無意識での依存の関係が崩れたら、とてもまずい事になるのです。
例えば、奥さまが旦那さまのエッチの誘いを断ったら、一気に旦那さまの仕事運は落ちてしまいます。
エッチを断られると、無意識に、男性としての機能が低下してしまうです。
男性としての脳は、やらなくて良いんだと、判断し、やらない身体になってしまいます。
やらなくて良いのなら、それに越した事は無いですが。
男性としての責任も無くなりますし、男女に取って、エッチは、お互いの自信を与えてくれるモノでもあるのです。
と言うのは。エッチの最中は、無意識の状態に近くなります。
エッチは、潜在意識を開きます。
この時に言われた言葉は、直接潜在意識に入ってしまうのです。
男は、女性を女として褒め称え。女は、男性を男として褒め称えれば、その言葉は潜在意識に投影されて、それぞれが自信を持つ事が出来るでしょう。
褒め称えると言っても、人それぞれですので、褒めるという言葉は、必ずしも適切な言葉では無いですが。
例えば、強い男は、強くあるのにストレスを感じています。
女らしい女性は、女らしさにストレスを感じています。
そういう場合は、エッチでは、普段と逆になりたがるものです。
これを見破るのは、なかなか難しいです。
愛が無ければ、相手の望む行為がわかりません。
要するにエッチは、心のバランスを取る行為で、お互いが望む様に、相手に愛を持って接しなければならない。
とても気を使わなくてはならない、男女の大切な行為だと言う訳です。
これが、相手の気持ちにそぐわない行為で終わって行くと。やがて、浮気をするようになるんですね。
浮気の殆んどは、心のバランスを取る行為なのです。
男が断られたら、仕事運を落とすと言いましたが。男女供、一人エッチというモノは金運も落としてしまいます。
というのは、鼻を触ると、人は金運が落ちてしまいますが。鼻を触る人は、自分の性器も触る人なんです。
一人エッチが多くなると、人は自然に、自分の鼻を触るようになります。
なので、結果的に金運も落ちてしまうのですよ。
という事で、男女はこの様に、お互いが必要として、依存し合っている関係なんですよね。
この関係が、既婚者の人間関係の基本になります。
例え、仕事は上手く行っている人でも、夫婦の仲が上手く行っていなければ、必ず何かのトラブルを抱えているものです。
人間関係にも、心にも、それは現れてしまう
でしょう。
やる気が起きず。何の為に働くかわからないと感じたり。
職場では、敵が多く存在し。陰口を言い合う職場になっていたりしてしまいます。
家庭内別居をしていて、口も聞かず。喧嘩すらしない夫婦でも、その心の中のうっぷんは、必ず何かの形で現れてしまうのです。
ですが、こういった依存の関係は、まだまだ本物の愛とは言えません。
愛と依存は、かけ離れているモノだからです。
かく言う僕も、やっぱり依存してますし。本物愛って難しいと思います。
僕の婚約者と言うのは、僕を全く褒めません。
けなしてばかりです。
髪の毛を切って来たら、今時そんな頭は、香港映画にも見られないとか言われます。
お気に入りの、ゴールドの首飾りを付けていれば、チンピラだとか言いますし。
スパゲティーを食っていたら、顔中口の回りがミートソースだらけだとか。いつでも僕は、彼女にけなされてばかりいます。
ただ、人前では、絶対に僕をけなしませんけどね。
ですが、誰もいない時には、僕のプライドはズタズタですわ。
普段、外では、僕も社長とか先生とか、そう呼ばれてますから、けなされて丁度良いかも知れませんけどね。
ただ、依存はなかなか難しいです。
よく、依存が行けないと言う人がいますが。僕はそうは思いません。
依存が行けないってと言って、他人の恩を拒否する人は、他人に恩を返す自信が無い人なのです。
他人に返すつもりがあれば、依存だって愛に繋がるのかも知れません。
僕も彼女に、思い切り依存してみたいですよ。
そんな僕なのですが、それでは僕の愛って、何なんだろうか?と思います。
僕の愛というのは、その人がそこにいてくれて、見ていてくれるだけで満足なのかな?
俺、頑張ったよ。って言える相手がいるから、満足なのかも知れません。
その人が、そこにいてくれるから、俺は頑張れたんだって、思える事位しか、僕の愛は無いかも知れない。
でも、僕も彼女が頑張っている事を、黙って見ていたいのです。
後援会。お役に立てないから、辞めますって。
僕が会員に求めたモノは、そんな事では無かったのですよね。
青い太陽って、僕が超能力を無料で伝えています。
伝授をして、誰もが超能力を使えるようにします。
そうと言ったら、一気に入会者が集まりました。
100人です。
ですが、後援会を始めると言ったら、あまり集まりません。
僕が、無料でやると言ったら集まりましたが。
僕に、無料でくれと言ったら、あまり集まらない。
後援会の理事になった会員は9人です。
この9人は、人生の宝でしょう?
彼らは、いったいどんな仕事をしていますか。
栃木の僕への手伝いなんて、関東の人なら有り難く手伝ってくれる人もいます。
凄く感謝ですよ。
でも、九州や関西の人は、何をしてくれますか。
沖縄の理事は、栃木に来て、年に数回、手伝ってくれますか。
皆さん、何をしてくれるのか?
機関紙の誤字脱字のチェックですね。
これは、僕の為じゃないですよ。
一般の会員の為に、皆で機関紙の製作に取り組んでいます。
青い太陽として、一緒に同じ方向を見ていてくれるんのです。
これが愛じゃないですか。
何もしてくれなくても、そこにいるだけで、既に愛ですよ。
彼ら9人は、僕も彼らに与えましたが、彼らも僕に与えてくれています。
そこにいてくれるだけで、それは愛ですよ。
人間は、存在そのモノが愛なのです。
ですから、何もしなくて良い。
ただ、そこにいてくれるだけで、それで良い。
彼らがいれば、僕も頑張れるし。彼らも僕がいれば頑張れるかも知れないじゃないですか。
僕が、一般のスタッフを選んだのはそこなのです。
選べば、他に人材は沢山いますよ。
ですが、そうじゃないんです。
貰うだけの人が悪い訳では無いが。
僕の後援会は、与え合える関係じゃないとダメなんですよね。
僕の後援会は、お互いに利用し、奪い合うのでは無く。
お互いの、存在そのモノの価値を大切にして、一緒に生きて行きたいのです。
彼女の存在。皆さんの存在。それだけで僕に取っては愛なのです。
その代わり、僕の存在自体も、皆さんに取っての愛であれば、これ以上の喜びはありません。