むかしむかーし、あるところに百姓がおりました。
ふつうの百姓です。
ロバと一緒に綿を買いました。百姓はロバを引いて荷物を担いで帰路に向かいます。

それを見た通りすがりのおじさんが、
「せっかくロバを持ってるのに、もったいない。ロバに荷物を持たせるべきだ。」
と。
「なるほど、なるほど。」
百姓は、さっそくロバに荷物をくくりつけて、また帰路に向かいました。

すると、道端に座ってたおじいさんが、
「なぜロバを持ってるのに乗らないのか?」

「なるほど、なるほど。」
すると、また、次に、
「まぁあ、なんて惨い事を澈あせるロバが可哀相!」

そこで百姓は、荷物もロバも担いで歩くことにしました。

大きな橋の上に来ました。ロバは不安定な格好に橋の上とあって、暴れました。百姓は、あわててバランスをとりましたが、なにぶん橋の上
ロバと荷物と百姓は、ボッチャンあせるあせる
落っこちてしまいました。
それを見ていた村の人々は大笑いしました。

百姓はロバとともに、今まで以上に水分をたくさん含んでしまって重くなった綿を持って帰路にむかいましたとさ。



ねぇ、笑える?これって笑い話?

なんで普通に素直にきいただけよ。
周りのみんなは口揃えて言うの、お決まりの言葉よ。
「少しは考えなさい。もっと自分を持ちなさい。」

ねぇ、持ちたくても失敗したら、そらみたことか!って白い目でみるじゃない?!
ねぇ、出来てナンボの世界じゃない?!
ねぇ、その言葉に愛はあるの??


人は脆いものなのよ。
優しくなりたい、優しくなりたいって、生きました。しかし、それは無防備で裸のまんまでした。
もっと、もっと強くて固い鎧を付けないと、と思って生きました。
知識も付けました。応用も身に付けました。
裏も見ました。心が何度萎えたか…
それでも、それでも生きてかないといけません。それの繰り返しです。

先人たちは、いつもいつも教えてくれます。

でもそれが正しいとは言えないのです。
世の中進歩解明開発してきてるから…
以前の決め事が、首を絞める事に繋がることもあるのです。
否めません。致し方の無きことです。

勉強して知れば知るほど矛盾が出てきて
私はもう悩んだり悲しんだりしてないのです。
人それぞれ、人なり。
生かしたいと思う気持ちは、運命宿命にかけます。
人は少し静かにしておけ!と、思いますが、これも致し方ない事と、悟りました。私が未熟故に弱かったのです。


いろいろいろいろあります。
あまり見ないように、本当、見ないようにして、でもこれをしなくなったら、… こういうのを、らしくないと、言うのでしょうか??
すれば、重い、うざい、
愚痴ではないのです。勝手な人らの本当の話。

みーんな、百姓だったら、私とても嬉しい。楽しいだろうな。

べつに、凹んだり、悲しんだり、くじけてなんかないです。
ただ、ありのまま受け止めてるだけ。
私も少し大人になりました。

ねぇ、…少しもちぃーとも、まっーたく世の中変わらないのね。
見せかけ変わりの変わらないまま
そんでも、そん中でも努力してる人が居るからね、でもその人らと比べるな!人それぞれ、自分が気づいてホンモノになるのよ。
老若男女それぞれ、その時がその時なのだから、遅い早いも何もない。意味は自分が決めるのよ。