上手く言えないけれど毎年この日は気持ちが落ち着かないね。
初めて戦争に興味を持ったのは小学校の時。
『島唄』『からたち野道』の歌詞の意味が分からず兄に聞いたのがきっかけ。
中学に上がると兄と一緒に毎年8月頭は広島を訪れ、被爆者の話を聞き、平和祈念式典や平和行進に参加した。
社会人になってから8月に広島を訪れる事はなくなったけど、
何度か広島を訪れては『戦争』と言うものをイメージしてた。
一人で平和公園を散歩してた時に出会ったアメリカ人女性と戦争について話した事もあった。
戦争をしてた時には有り得なかった敵国との友好。
平和ボケした今の日本ではイメージでしかなかった『戦争』と言うモノが世界の何処かでは現実として起きていて、
原爆は世界からなくなっていないし、
日本も戦争や原爆が再び現実になる可能性が0ではない。
資料館への遺品提供は年々減っていると言う。
日本に原爆を落とした飛行機に乗っていた兵士は皆 亡くなった。
私の手を握って被爆の話をしてくれたおばあさんも亡くなった。
被爆を知っている人が物がどんどん減って行き、
真実を語れるモノは いつか失くす。
過去になるのは悲しいけれど、
この深い哀しみと傷みが どうか過去のままであって欲しい。
過去として語り継がれて行って欲しい。