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1998年11月1日(日)


あの日確かに僕はあの場所にいました。

そして最初から最後まで一部始終全て見ました。


目の前で・・・


結果としてこれが彼の最後のレースになりました。


彼の名は


「サイレンススズカ」


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1997年2月、「関西に凄いのが現れた」

新馬戦を圧倒的なスピードの差で7馬身差で圧勝。あまりのスピードの違いに後続の各馬は何も出来ず追走するのが精一杯で、最後の直線に入ってもまた差が広がるという圧勝でした。

この一戦で彼の名は全国に知れ渡る事になりました。そして僕もこの馬の存在を知ることになった訳です。


続く2戦目でいきなり弥生賞に挑戦。当然ながら見に行きました。あまり予備知識を入れることなくパドックで見ていて、馬体重は470キロ位かななんて思っていたところ、発表されたのは「428キロ」 

この当時で競馬歴は6年位である程度の知識はあり、そして数多くの馬を見てきましたがここまで見た目と実際のギャップがある馬は初めてでした。この事がこの馬に夢中になるきっかけになりました。


弥生賞は枠入りの時にゲートを出てしまい、外枠発走になり結果は8着に終わりました。仕切り直しの次戦の500万下を圧勝して、この馬の伝説が始まりました。その後の戦跡は省略させて頂きます。競馬ファンの方には説明する必要がないですよね。



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今だからこそ書きますが、スタート前極度の不安と嫌な胸騒ぎがしていました。何故だかは分かりません。

運命のレースのスタートが切られ、彼はいつものように圧倒的な能力とスピードの差で先頭に踊り出ました。さらに後続との距離を離すべく加速するのですが・・・


「何かがおかしい」


スタートして数十秒後ですが僕の周りに居た人もお互いに顔を見合わせるなどして、この小さな異変に気づいていました。向こう正面の直線でギヤを3速から4速に入れなければいけないのに、4速に入らず3速なまま加速している感じでした。4速に入れるのを諦め、むりやり5速にいれた瞬間


「彼の脚は悲鳴をあげました」


スタンドなどで応援する観客もそれまでの歓声から悲鳴へと変わり、そして落胆の声が広がる。

ケヤキの向こうで3本の脚で立つサイレンススズカと武豊騎手。僕はレースの続きを見ることなく彼らを見守っていました。自らの力で馬運車に乗り込んだから大丈夫、絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせましたが下された決断は




予後不良




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彼は天国へと旅立ちました。


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中京競馬場で限定発売されたこのぬいぐるみ、わざわざ新幹線に乗って買いにいきました。


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最近競馬を始められた方にはこのDVDを絶対にオススメします。競馬とは何か、サラブレッドとは何かを教えてくれるこれ以上ない教科書です。



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運命の時間


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彼は僕の心の中で走り続けています。



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10年前のあの日もこんな天気でした。


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今も昔もさとう珠緒さんの事が大好きです。ただこのイベントを見ることはありませんでした。オフサイドトラップが勝った事を知ったのは、このイベントの漏れ聞こえる音声でした。




僕はあの場所から一歩も動けず立ち尽くしていました。