高校を卒業して、動物が好きだった私は

畜産系の専門学校に進学した。


あの頃の私は大人びていた。

誰からも「しっかりしてるねー」って言われてた。

ううん、しっかりしなきゃいけないと思っていたの。


今から思うともったいない。

まだ18歳でしょ。

18歳は18歳なりの考え方でよかっただろうに。

青春時代を犠牲にして、私には得たものがあるのか、

今でもわからない。

神様は何故私にそんな道を歩かせたのか。

ただひとつわかることは、『経験』・・・かな。


興味あるものにはとにかく一所懸命で、真っ直ぐだった。

ホントは動物園の飼育員か、盲導犬の訓練士になりたかった。

トリマーになるなんて思ってもなかった。

動物業界でバリバリ働いて、

有名な人になってやるって思ってた。


とんとん拍子で話が進んだおばあちゃん家の近くの

ペットショップでの下積み。

18歳の夏休み。

おばあちゃん家に泊まって、20分の道のりをテクテク歩いた。

タダ働きで唐津のペットショップへ向かう日々。

朝から晩まで、

店内のお掃除、お掃除、お掃除。

犬舎の消毒、消毒、消毒。

たまに美容室に入って毛玉取り。

休みの日には福岡の自分家に帰り、バイトをして、、、

へとへとだった。


恋愛なんかする暇なかった。

今思うとあの人いい人だったのに、もったいないな(笑)

って思う。もう遅いけど。


1年生の時の同級生はいろんな所へ下積みに行っていた。

水族館、ショーに出すためのキャットショップ、警察犬訓練所etc

みんなそれぞれ大変そうだった。


卒業すると、不況の中、市内で就職する人、外国へ行く人、

県外に行く人、実家に帰る人、いろいろいたな。

卒業すると、その後の生活がアップアップで

一回も会ってないな。

みんな元気かな。


私は唐津のペットショップで少しの間置いてもらうように自分で

頼んだ。

働けるようになった、、、けど、

私の居場所はそこではないように思えてたし、

途中、おばあちゃんが亡くなって、福岡から1時間半かけて

電車で通わなくてはならなくなって、

正直、

体力的にももうダメって思ってて・・・完全、自分に負けていた。

2ヶ月で辞めた。

そんな私の目にとまったのは、

動物病院でのトリマー兼AHT(アニマルヘルステクニシャン)

の募集チラシ。


動物病院の先生は、

「卒業したてでも少しでも経験があるのなら」って

私を雇ってくれた。

そこでは一人前のトリマーとしてあつかってくれた。

でも、

卒業したてで、一頭ひとりで出来るワケない。

しかも、そこには先生も困ってたくらい

とーーーーっても意地悪なAHTがいて、

私の居場所はここでもないなって。

働くのは2ヶ月が限度だった。


そして3ヵ月後・・・


学生時代に一回だけ実習に行ったことのある

福岡市内の大型総合ペットショップからお呼びがかかった。

そこはトリミングの授業で実技を教えてくれた

講師が働いてるショップ。

「ひまわりちゃん空いてたら年末お手伝い来てくれない?」

変な縁です。

本命は訓練士だったのに。

何故トリミングばっか私について回るんだろう。

きっとトリマーに縁があるんやね。

その頃はそう思っていた。


そのショップは唐津とは大違いで、お客さんのレベル

(言葉悪くてごめんなさい)も良いし、そして、

来る犬来る犬おとなしいこと!

おとなしい=仕事がはかどる=かわいい。

咬んだりしないし、トリミングされるのに慣れている。

しかも、犬舎のお掃除、消毒がしやすいことしやすいこと!

(しやすいように作ってある)。

美容室の床が木で長時間立ってても足が痛くなりにくい

(実際はキツかったけど)。

しかも、

唐津のショップ=何頭もこなして売り上げるのが当たり前。

福岡のショップ=無理せず一頭一頭完璧に仕上げる。

なんて働きやすいショップなんだ。。。。


何よりも、そこで働いてる人達の輝いてる目、

楽しそうに仕事をする手。

その時の私にはその空間が魅力的だった。



お手伝い最後の日、バイトを頼まれた期間は終わった。


トリマーのIさんが言った。

「ひまわりちゃん今日で終わりやけど、

もしよかったらこれからも働いてくれん?

ちょうど今人足りんのよ~」


え・・・

いいんですか??

私、

ここにいて・・・



居場所が見つかった瞬間だった。



それから、

7年、そのショップにお世話になりました。



何故7年なのか、

何故7年で辞めたのか、

また書く機会があったらお話します。