日曜 夜遅くに いつもの ライン友達
kちやんとの やり取り
kちゃんも 私も 共通点は
「 人に怒られるのが嫌」
「 人から指図されるのが嫌」
を 持ってます
だから 私達の 行動は
「 先回り」することでした
言われる前に やってれば
怒られない し 指図も されない
そのかわり … 相手の顔色ばかり
気になるので 疲れる…
「 なんで そんなに 怒られるのが嫌い?」
というところを 探っていったの
これは 過去 子供の頃に
怒られた事が 繋がってるよね って
じゃあ 怒られた記憶は? とか
何か 印象的な 出来事は? と
やり取りしていったの
そしたら 子供の頃の事に 行き着いた
kちゃんは お兄さんに 必要やろうと
おもったから お薬を 渡した
でも お兄さんから 「 いらんわ」と
言われ
お母さんから「 いらん事しなや」って
怒られた らしい
kちゃんにしてみれば
なんの悪気もなく お兄さんを
心配しての行動だった
お兄さんから 「いらんわ」と言われたのは
仕方ないとして
お母さんにまで 「いらんことしなや」
なんて言われたら…
私やったら すごく 悲しい って 思った
お母さんには そういうんじゃなくて
「ありがとうね 。あとで 飲んでもらうね」
とか そんな形で フォローして欲しかったな
自分が やって行動を
二人から 拒否された?形になったら
やっぱり 悲しいな
と 私は 感じてしまったのです
子供の時 とくに はじめて
親から 怒られた 時 って
きっと 子供の時は 良い悪いが
わからないから
なんで? って ビックリすると思うねん
理由なく 怒られる っていう取り方を
してしまうから
最初の 「 どう怒られたか?」
そして その時の 子供が受け取る 印象で
その後が 変わってくると思う
私も「 怒られるのが いや」
また 「 指図されるのが嫌」
それは 「 怒られ方が 否定的」に
見えた 感じだからだと おもう
だから 私の場合 注意されるのも
怒られるのも 全部
「私が否定された❗️」と思い込んでしまう
傾向に あります
そこから kちゃんと野良やり取りが
さらに 発展して
「 怒られるのがいや」
「指図されるのが嫌」
だから 先回り組の実行してきた私達
なんだけれど
このkちゃんの 先ほどの話から
「 先回りしても 怒られる」時も
あったわけです
世の中には 「先回りして 褒められる場合もある」が
「先回りして 余計なことを❗️を怒られる場合」も
「嫌がられる場合も」「 ありがた迷惑な場合も」
あり得る訳です
そしたら kちゃん
kちゃんのオカンが 過去に言った
「 いらん事しなや ほっときぃや」を
「私を否定した」のさらに上の
受け取りをしたのです
それは
kちゃんは おかあさんが 言った
その言葉を
目の前は 自分 という目で見たとき
自分から 自分のメッセージだと
受け取って
「人に対しての 良かれではなく
自分に目を向けなさい」
というメッセージで 捉えたのです
それを聞いた瞬間
私は 「 すごい」って 思った
さっきまで 「否定された」「認められなかった」と
思っていた事が
真逆になって
「 人に対しての良かれは しなくていい。
自分のこと ちゃんと しよう 自分を見よう」
という メッセージに なってしまったの
そして その時 わたしは
「 私は 起こる物事を 悪いように
否定的に 捉える傾向が あるんやな」と
言うことにも あらためて 気づきました
「否定的」だと 思い込んでいたことは
決して「否定的では なかった」のです
何ということでしょう
昨夜 ほんとに 感動しました
どれどけ 自分の事を 見てなかったのか?
どれだけ 目の前の人が 伝えてくれる事を
自分の声として 聞けなかったのか?
あまりのことに おどろいて
感動しました
もしかしたら これを読んだ方にも
そんな 思い込みの逆転劇が
起こるかも しれません
今日も kちゃんには 感謝を せずに
いられませんでした
ほんと ありがとう❗️