ワタクシメ先月誕生日でした。
ちょうど誕生日に用事があり
母上と妹のダイアナと一緒に
過ごしました。
いつも誕生日の日は
母上に産んでくれてありがとうと✉️を
するのですが今年は直接お礼を言えました。
とあるモールの片隅で
ワタクシメは白髪の母上に
ありがとうと頭をさげ
ダイアナも私も先月産んで
貰ったんだと頭をさげて
白髪の母上も「どういたしまして」と
頭をさげる。
産んでくれてありがとう
キャンペーンが終わりましてランチを
してから用事がある祖父のお家へ。
ワタクシメは一緒に行く
予定ではありませんでしたが
久しぶりに祖父に会いに行来ました。
オントシ97歳になる祖父は
健康診断でも何も問題がなく
百歳まで生きるんだと元気百倍の
まさに生きるレジェンドの様な存在です。
その祖父と泊まり込みで
祖父の介助をするレジェンドの息子
(ワタクシメの父上)に用事があった
のですが。
ワタクシメの父上は元々
発達障がいを持っておりまして
本人は発達障がいという名前すら
知らないと思われます。
(病院で診断されたわけではないので
たぶんそうだろうねという個人的な
判断になりますが)
その日は父上はちょいと偏屈でした。
普段でも会話が難しいのに
偏屈な時は言語が違うかな?ぐらいに
日本語が通じなくなります。
ワタクシメは久方ぶりの
偏屈父上を目の前にして強い憤りを
感じて胸が苦しくなりました。
誕生日のその日はワタクシメ
後遺症の痛みが強めで体調がやっとで
気持ち的にも余裕がなかったのも
ありますが。
結局お互いに伝えたい気持ちは
あまり伝わらずに私たちは帰ることに。
いつもならもう少し祖父と
話をしていたのに。
いつもなら帰る時に必ず
「おじいちゃんまた来るね!」と
言うのに。
父上に強く憤る気持ちで
はち切れそうだったワタクシメは
祖父に声をかけるのも忘れて
帰って来てしまいました。
家に帰ってきてからも
ずっとずっとザワザワと
気持ちが落ち着きませんでした。
偏屈父上の生態はとっくに
知っているのについつい嫌味なことを
言ってしまいました。
よく考えてみると
今日の父上に憤ったというよりも
昔の一緒に暮らしていた頃の父上を
思い出してしまったという。
結局は自分自身の中にあったモノ
に憤っただけでした。
やっぱり余計なことを
言うんじゃなかったな。。。
なんで我慢出来なかったかな。。。
その日寝る直前まで
頭の中でブツブツと反芻しました。
次の日の朝
朝食を作っている時に電話📱が
なりました。
着信を見ると
緊急の用がないかぎり突然電話をかけて
来ることがないダイアナで
しかも昨日の今日。
電話を出る前から嫌な予感がしました。
いつもは冷静なダイアナが
少し取り乱した様子でおじいちゃんが
亡くなったみたいと。
オジイチャンガシンダ?
もうおじいちゃんとお喋り
出来ないってこと?
おじいちゃんが死んだと
伝えるダイアナに
えっ!おじいちゃん死んだの?と
泣きながら何回も聞き返してしまった
ほどに取り乱しました。
自分がこんなにも取り乱したのは
他でもない昨日最後だったおじいちゃんに
帰り際に話しかけなかったこと。
自分が残念過ぎる気持ちと
おじいちゃんがもうこの世界には
いないという驚きとショックで悲しいのと
気持ちがごちゃ混ぜに。
ピンピンッ!コロリッ!と
ご年配方が呪文の様に唱えながら
踊っている姿を見かけたことが
ありますが。
実際に健康で病院に入ることなく
ピンピンコロリと自宅で逝った場合には
警察が来るんですね。
そりゃそうですよね。。。
子どもの頃におばあちゃん家に
お泊まりする時に嬉しくて嬉しくて
心踊らせながら見ていた家が
はじめて灰色に悲しく見えました。
97歳なんだから大往生だよって
みんな言うんですけどね。
そういうことじゃないんですよ。
精神世界では魂は永遠です!とか
言うんですけどね。
そういうことじゃないんですよ。
魂は永遠とか1ミリも慰めになんか
ならないんだなとこの時はじめて
知りました。
肉体はただの肉の塊です!
魂こそが真のあなたです!
という文章を目にしたことが
あるんですけどね。
マジでマジでマジで
そういうことじゃねーのよ。
マジでな!
アンデス山脈にいても
違和感のない濃い顔で
ガッチリとした体格は
歳を重ねてもそのままに
でもゆっくりとゼンマイ仕掛けみたいに
動くおじいちゃんがもう尊くて尊くて
仕方がないんです。
人って本当に生きているだけで
良いんだとはじめて本気で思いました。
レジェンドおじいちゃんは
空襲で逃げている最中に空から
降ってきた焼夷弾が目の前に落ちたけど
不発で命が助かった。
それからバリバリ働いて
バリバリ稼いでバリバリ遊んで
文字通り戦後の日本を作り上げてくれた
屈強なザ・昭和の男です。
性格は穏やかで優しいですが
思ったことはストレートに言うので
一緒にテレビを観ていてお喋りしていると
サラッと差別用語が出てきます。
現在だったらまず耳にする
ことがない言葉におじいちゃんが
生きてきた厳しい時代の雰囲気を
感じることがありました。
そんなおじいちゃんが
あっという間に光に還ってしまった。
息子である父上はもっと早くに
見つけてあげてたらとショックで
落ち込んでいるようでしたが。
検死結果の死因を見ると
発見が早くても結果は同じだったと
感じる内容だったので
やっぱりおじいちゃんが自分で決めて
還ったんだなと思いました。
落ち込んでいると思われる
父上にそれを伝えましたが
それについての返答はなく
唐突に笑顔で思い出を語りはじめたので
父上は相変わらずの自分の世界に
いました。
父上に憤りを感じてしまうのは
父上に傷付けられたと感じた
あの頃の私の思い出(トラウマ)になんです。
だから父上が悪いのではなく
もちろんあの頃の私も悪くない。
ただただ手放すだけなんです。
わかってるんです。そんなこと。
しかしながら
あの頃の私が絶対に手放すものかと
必死に思い出にしがみつきます。
苦しくて悔しくて泣いた私を
なかったことになんかするものかっ!と
必死に思い出にしがみつくのです。
でもワタクシメは私を
静かに見守ると決めているんです。
手放しは時期が来れば
案外アッサリと手放せるとも
わかっているんです。
だから今のワタクシメに
出来ることは今の父上に
ちゃんと敬意と愛情を持って
接すること。
今のワタクシメにはとっても
難しいことなんですけれども。。。
父上のことは心配しないでねと
おじいちゃんに約束しました。
沢山泣いたからなのか
片方の目が痛いなと思っていたら
次の日人相が変わるぐらいに
腫れ上がっていました。
少し痛いぐらいで
熱を持ってるワケでも
涙や膿が出るわけでもなく
眼科に行っても原因は
よくわからないと。
目の腫れは目薬が効いてくれて
お葬式が過ぎると何事もなかった様に
治りました。
ものすごい早さで
おじいちゃんの大切な肉体は
ポッキーの日に還ってゆきました。
あまりにも早いので
おじいちゃんが現世にはいないと
まだよく理解出来てない感覚です。
人はまたねと別れた時が
もしかしたら最後かもしれないから
後悔がないようにいつも最後だと思って
とかよく聞くじゃないですか。
亡くなったのは肉体で
魂は永遠で大切な人はいつも
あなたの側にいますとか
よく聞くじゃないですか。
知識を得ると知った気に
なるんですけどワタクシメは
やっぱり何にも知らなかったんだなと。
体験からでしか知ることは
出来ないということなんでしょうか。
ワタクシメにとっては
生きることは相変わらずとっても
大変です。
大変だと言ってるから
大変になるんですよって
よく聞くじゃないですか!
(シツコイネッ!)
でも大変だと思っている自分を
ワタクシメはただ静かに見守るんです。
それは反抗期で拗ねている自分を
否定しないでただ静かに寄り添って
あげる感覚です。
最近感じたのは
自分にも家族にも他人でも
その人を否定することなく
ただ寄り添ってあげること。
近しい存在であればあるほどに
これが1番大切で1番難しいこと
なのかなと。。。
あの頃の私はただ静かに
寄り添ってくれる人が欲しかったんです。
だから自分がそんな人間に
少しでも近づけたら今世は
大成功なんじゃないかと強く感じました。
人生大変だと思い込んで
いるんですけども楽しんでは
いるんですよ。
大変なのに今世は絶対に
しぶとく図太く長生きしてやれとか
本気で思ってますから。
だから毎年誕生日はとっても
嬉しいんです。
最後まで読んで下さり
ありがとうございます🎄

