お元気で、新しい年をお迎えになりましたか。

今年も変わらず神様の守りと導きがありますように、祝福がいっぱいありますようにと祈ります。

年のはじめに、自由という言葉が心に迫りました。

イザヤ書61篇1節「神である主の霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、心の傷ついた者を癒すため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、囚人には釈放を告げ、2節「主の恵みの年、われらの神の復讐の日を告げ、すべての嘆き悲しむ者を慰めるために。」

イエスは、この箇所を引用されて、ご自分がここでいうところのメシアであると宣言されました。(ルカの福音書4章18節)

また、イエスは「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」(ヨハネの福音書8章32節)と教えられました。

さらに、イエスは、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(ヨハネの福音書14章6節))と教えられました。

神なき自由の代償は孤独と虚無です。

何もかもが手に入ったと思った瞬間に、すべてが手から滑り落ちるような体験です。

人生の黄昏時は、朝と夕に、孤独と虚無が心を占領します。

どう生きたらいいのか途方にくれて、立ちすくんでしまいます。

へブル人への手紙12章2節「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。」とあります。

2000年前の、イエス・キリストが、孤独と虚無の私をどのようにして、人生の終わりまで導いてくださるでしょうか。

「道であり、真理であり、命である」といわれるイエス・キリストについて、たずね求めたいと願っています。

 

というようなそれほど深刻ではない年明けだったのですが、2日にダウンしてしまいました。

ブログを書くことは、私にとって、励まし、支えだったのですが、週一回は、頑張りすぎでした。

しばらく、ぼんやりと過ごしてみます。

誠に勝手ですが、よろしくお願いいたします。

お元気でいてください。また、お会いできるのを楽しみにしています。