2020年も早、17日ですね。
今日は阪神大震災から25年。
もう25年なのかと、今日は新聞やニュースを見て感じました。
25年前の朝、鮮明に覚えています。
吹田にいた高校生の私。
電車が止まっていて、学校へは行けなかったけれど
『お父さんは〇〇(公共交通機関)やから、行かなあかんから』と、父はママチャリで向日町まで向いました。
幼馴染の同じ会社で働くお父さんは、
駅からトボトボと歩いて帰ってきたけれど。
夜勤明けで、神戸方面の知人宅に水やなんやかんや持って行っていたり、
人生の中で父をいちばん尊敬しているのは、
震災の時の姿です。
今、震災が起こって、どこかに避難しなければいけなくなったら、私はどうしたらいいのだろう。
きっと、このマンションにいるかもしれません。
父と今週から同居しています。
長らくブログやFBの更新していないのは、
父が事故にあったからです。
私の生活は一変しました。
自分が健康であれば、仕事も旅行も、好きにできると今までは思っていたし、
まさか父がこうなるなんて、夢にも思いませんでした。
救命救急センターからリハビリ病院に転院して、老人保健施設に入所しましたが、
できていたことができなくなって、
引き取ることにしました。
介護はプロに任せよ、と言う声も理解できますが、せっかくリハビリ病院で回復したのに、
老健でできなくなってしまったことが、
私には耐えられませんでした。
まだ5日しか経っていませんが、
老健での姿とは別物なので、
出て正解と感じています。
事故前には戻ることはできないけれど、
まだまだ回復できることはあると信じて。
10月のツアーエキスポも行けないなーと思っていましたが、ユナーさん、石鹸作りでジャヨンミさん、大邱の丸山さんや日本語ペラペラのスンチャン、普段なかなか会えない方々と交流できたし、リフレッシュできた時間でした。
父が回復して、また旅にも行くぞーと思っているけど、今は後悔したくないので、
父のことをいちばんに頑張りたいです。
去年は職場の人に助けられ、
仕事と看病と両立させてもらいました。
旦那もほぼ日曜日しかない休日を、
毎週父のところに来てくれました。
そして、9月はソウルに行かせてくれました。
私は恵まれてるなーと心底思いました。
でも私にできるんだろうかとか、
不安と何とかなるよとって気持ちです。
私だけが苦しいんじゃない。
本人も苦しいと思う。
これからどうしていけば、
父のためにいいのか、まだはじまったばかり。
父が事故に合ってからのことや、
これからのこと、どなたかのお役に立てればと思い、また書かせていただきます。