24時間フル稼働日記

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車無しワーカホリック女子のボラ体験記。

久々の更新です。


気づけば2ヶ月の更新ブランク。

その間にレーシック休養と4回のお手伝いがありましたが、またおいおい。

今回はちょっと視点を変えて、この9ヶ月で愛着のわいた、

私的ベストグッズ達を紹介しようかと。

一人で行くと、自分の写真って一枚もないんだよな。


<通年マストグッズその1>

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・撥水ウエア

ホームセンターで上下各298円という破格な商品。

上着の胸にあるカンガルーポケットがこの上なく便利。

パンツにポケットがあれば言うことなしのクオリティ。(ないんだけど)

一番最初は100均でけちったけど、1日でビリビリに破れてサヨウナラ。

この200円の差は絶大である。


・ゴム長靴

こちらもホームセンターで購入。2,000円台。

汚れるし、おしゃれなのはもろいので、レインブーツじゃなくいかにもな長靴がベスト。

筒口がしぼれるタイプだと、ウエアをブーツインした際にとめられて便利。


・鉄板入り中敷

釘の踏み抜きを防止するための鉄板入りインソール。

最近またハード案件に遭遇することが多くなったので、外さずにいる。

昨年4月当初は女性用サイズはほとんどなかったが、今は結構ある。

ホームセンターで1000円くらい。サイズにあわせて先端をカットできる。



<通年マストグッズその2>
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・耐油性手袋(画像右)

家庭用ゴム手袋だと薄くて破けてしまうこともあるので。

水仕事、泥などを扱う際には必須。

ただ、この銘柄がかぶりまくり、休憩後にどれだか分からなくなるので

内側に名前を書くことをおすすめします。

こちらもホームセンターで500-800円くらい?


・ナイロン手袋(画像左)

細かい作業向き。指にフィットするタイプ。

耐油性のは大きすぎて、自分の指がどこに入っているのか分からず

ひもも結べないし、爪が割れたこともあったのでこのタイプを併用。

無駄にスマホ対応。冬は耐油性と二枚重ねで防寒も兼ねる。

ホームセンターで500円くらい。


<撥水ウエアの中身・春夏秋編>
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・ドライ素材長袖Tシャツ

暑い時期でも長袖は必須。

一度これを半袖に変えたら、撥水ウエアの中でひじ下が蒸れて大変なことに。

ユニクロのサラファインが薄手でフィット感があり、優秀。


・ランパン&CW-X

春にデニムレギンスみたいなのを履いていたら、尋常じゃないくらい汗をかいたので

以後は薄手で動きやすく、乾きやすいランニングボトムを愛用。

CW-Xだからか、足の疲労軽減の役割も果たしてくれている。

膝サポーターはほしいな、と思うことはある(しゃがみこむと結構アザができる)



<撥水ウエアの中身・冬編>
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・ドライ素材ロンT+半袖Tシャツ

私個人としては、冬でも上はヒートテックではなくドライ素材がよいと思う。

冬に汗をかくと汗冷えをするので。


・フリース、ウルトラライトダウン

ユニクロで購入。ただし、お手伝い中は今まで一度もダウンのお世話になったことはない。

バス移動のSAや、早朝解散時に使う程度だが、ものすごく寒い時のために一応常備。


・中綿入りハーフパンツ

どうも自分はロングボトムが性に合わないらしい。

ならばと、ゴルフ用に買ったハーフパンツを愛用中。


・ヒートテックレギンス&タイツ&靴下(ユニクロ)

とにかく下半身をあっためて損はないと思う。

このおかげで、見た目より随分あたたかい。

足の裏には、足用カイロも装備。


・ニットキャップ、イヤーマフ、ネックウォーマー、レッグウォーマー

冬の雪山に行く時のプラス1アイテムは一通り。
ここさえあったかければ、結構どうにかなる。

<頼れる100均グッズ>
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・防塵マスク(8個いり)
ホームセンターでは業務用以外売り切れ、なんてこともよくあるのだが

100均のガーデンコーナーには意外と残っている。

花粉症用の鼻に三角スポンジがついているものもたまに使用している。


・ゴーグル、くもり止めスプレー

コンタクト使用者はゴーグル必須。

私はレーシック術後間もないので、ゴーグルは常備。

この緑のは300円でくもり止め機能つきだとか。

実際やっぱり多少はくもるが、100円の比ではない。


・アルコール除菌用ウエットティッシュ

水周りが回復していない場所や、凍結して出てこない季節に。

休憩時やトイレの後にマストです。



<番外編>
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・LEDヘッドライト

かつて床もぐりのお手伝いがあった頃に購入。

もう使うこともないかと思っていたけれど、1月に窓がない真っ暗の部屋で大活躍。

一応カバンにしのばせておいてよかった。

ホームセンターで売切だったので家電屋で購入。


とまぁ、蓋をあけてみるとホームセンターとユニクロと100均ばかり。

リーズナブルで機能性おあるアイテムを探すのは、たぶん、職業病かと。

荷造りは毎回、10分以内で完了します。


こんにちは。
車なしワーカホリック女子の行く、週末ボランティア体験記。
ちょっと間があいてしまいましたが、11/4(金)夜発で行って来た
二度目の牡鹿半島でのお手伝いについて、お伝えします。
◆牡鹿ボランティアセンター編はこちら>>


この日の活動場所は、前回と同じく牡鹿半島の南側に位置する小渕浜。
前回はお寺の外の掃除でしたが、今回は取り壊しの決まったお宅の
家財出しと掃除を行った。


朝、お宅に入った瞬間思ったこと。
「あれ、今何月だっけ??」
4月に別の場所で初めてお手伝いに入った時にタイムスリップした感覚だった。


松ヤニががっつり入り込んだ1階部分。
お宅の方が貴重品や残したいものを持って行かれた後でしたが
濡れているままの家具や洋服、食器が散乱している状態。
これでは、取り壊しもスムーズにいかないだろう。


まず、1階部分のものを拾って外へ出し、
何もなくなったところでホウキで掃除をして1階は完了。
その間に、あかずの間だった奥の納戸が開通。
男性中心に、まさに「そのまま」だった納戸の泥出しをした。



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お昼休み、お宅近くのすすき野原。


午後は、2階部分に残っていた家財出し。
この日、レーベン号の参加者は40人弱。
家の中から道の脇の処分場まで1.5m間隔でポジションをとり、
家財出しリレーを行った。
この方法が腰を痛めず、重いものもそこまで負担にならず、効率的。
まさに人海戦術がものをいうリレーだった。


その中には、雛人形や懐かしいレコードや洋服、そして、親族の集まりが
あったと思われるほどの無数の器など、生活の跡が見られるものがたくさん。
文集や写真もあった。


必要なものを全部持っていった後とはとても思えないものばかりが出てきた。


私は今でも「被災地」とか「瓦礫」という言葉にとても違和感を感じる。
人のにおいがせず、無機質な響きがするから。


実際、生活のにおいのするこの家財たちは、まさに「財」だ。
「捨てるもの」ではなく、「置いていかなければならなかったもの」なのだ。
この日、リレーに参加した活動メンバーは、全てのものを同じように目にした。
誰一人として「瓦礫」「ゴミ」だとは思えなかったはずだ。

今まで何回かお宅に入ってお手伝いをしたことがあったが、


家具類はある程度片付けられた状態で、床下や庭の掃除などに携わることが多かったため
今回の家財運びでまた、新たに感じることがたくさんあった。


やはり、何回行っても、毎回いろんなことに気づかされるよ。


ヘビーな1日だったが、14時過ぎにはなんとかミッションは終了。
40人弱で1軒。あと、このようなお宅は何万件ある?
本当に気の遠くなる道のりだ。



ボランティアセンターにバスで戻る途中、前回の訪問でとても印象的だった
建物に再会した。


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被害に遭った建物はあまり撮影したくないのですが、あえて。


前回牡鹿半島に訪問したのは10月中旬。
まわりの建物は何もなく、この4階建てのアパートのみが残るこの場所。
見ただけで、3階まで津波が到達したことが分かる。
4階の窓は全開で、風にたなびくカーテンがとても脳裏に残った。
8ヶ月経った今でも、こんな風景が広がる場所はたくさんあるのだ。


それから3週間経った今、もう路面は凍結し、寒さが進んでいる牡鹿半島。
ボランティアバスの運行も、ひとまず年内は終了してしまった。
今は車で直接入った方々が、やっと電気の通ったボランティアセンターの
2階に泊まって、作業に参加しているらしい。



車なしボラガールの自分、ここにどうやって再訪しようかな。
後ろ髪ひかれる思いの、二度目の牡鹿入りだった。


◆10月時の牡鹿半島レポはこちら>>



こんばんは。

車なしワーカホリック女子の行く、週末ボラブログ。


今回は自身の体験記からちょっと離れますが

私が今こうして継続的に東北に行っていることについて、

改めて考えてみようと思う。


私が初めて東北の被災地に訪れたのは

下調べをはじめて1ヶ月経った4月下旬、

ゴールデンウィーク初日。


別のキャンプボラのキャンセル待ちの保険として急遽方向転換をしたため、

当然ながら新幹線も夜行バスも満席。

仙台に奥さんの実家がある高校友人の車に乗せてってもらったのだった。


車がない自分が東北に行くためには、何よりもまず、足と宿の確保が重要。

それ以降もずっと、私の条件は、選り好みしなくても

「車がなくても、女子1人でも参加できる」

が大前提なのです。


7月までは夜行バスを手配して現地直行、

以降はボランティアバスツアーを利用しての東北入り。

夏以降本数は減っているけれど、

申込タイミングさえ把握していればなんとかすべりこみができる。


……という考えは

私がたまたま関東に住んでいたからだ、と最近切に思う。


ボランティアバスツアーは今やほとんどが東京発着。

関東以西に住んでいる方々は、時間も費用もかかる高速バスに乗ってきたり、

沖縄や福岡から飛行機でやって来て、東京からバスに乗る方もいた。

山口から23時間かけて車で来ていた方もいた。

東北に足を踏み入れるだけでも一大事だ。


そして、当たり前のように利用しているボランティアバスだって、

催行するのに必要な最低人数に達しないといけないし、

乗客の命を預かって夜行運転していただく運転手さんも必要。


私はただ運良くあやかっているだけ。

改めて、今私が東北に行けているのは、いろんな人の努力あればこそなんだなと。


私がレーベンコーポレーションさんの出すボラバス「レーベン号」

二週連続で利用した際、同じく二週連続で一緒だった女性がいた。

この方のお住まいは長野県。


長野から東京まで自力で来て、しかも二週連続。

お子さんもいて、ご家族を説得しての参加は、まさに驚異的。

そんな彼女が、長野からボランティアバスを出す企画を立てた。


■12/9 長野発ボランティアバス 信州号↓
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↑専用HPはこちら↑

12/9(金)夜に長野駅出発で、

途中東部湯の丸SA、佐久おぎのや、ハイウェイオアシスららん藤岡からも乗車可能。


「東北で何かお手伝いしたいけど、足がない」

という、長野・群馬の方がいらっしゃったら、

ぜひ、この企画を利用してみてください!


一人で見知らぬ土地に乗り込むのが不安でも、

同じ志を持った方々と集団で行けるのは安心だし、励みになると思います。


「今自分が東北に行くこと」が、決して自分の意思だけの話ではなく

いろいろな人の協力や好意の上にあることを改めて認識できた。

高井さん、ありがとう。



■発起人・高井さんのブログはこちら>>




アシなしワーカホリック女子の行く、週末東北ボラレポート。


本日は
先週末11/4(金)夜出発、11/6(日)早朝帰りで行った牡鹿半島について、

主にボランティアセンターに焦点をあててお伝えします。


牡鹿半島入りは今回が2回目。
ボラ仲間が訪れて以来気になっていた場所であり、
前回の訪問で衝撃を受け、絶対に再訪問しようと決意した場所。
牡鹿半島行きを催行する数少ないボラバス「レーベン号」
今回で一旦年内は終了ということで、二週連続にはなりますが
予定をやりくりして強行に参加をしてみました。


被害状況もさることながら、他の場所との違いが明らかなのが
この牡鹿ボランティアセンターの状況なのでした。


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牡鹿公民館を拠点としている牡鹿ボランティアセンター(以下牡鹿ボラセン)。


前回 の訪問でもお伝えした通り、中はとても暗い。
それもそのはず。つい最近まで電気が通っておらず、
発電機で必要最低限の電気を供給していた場所なのです。
いまだにそんな場所があったとは。
最初は驚きを隠しきれませんでした。


出発前日11/3(祝)、レーベン号の常連乗車メンバーの方が
twitterでこんな投稿を発見されました。


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※牡鹿ボラセンのアカウント@ishinomakiovc より


というわけで、有楽町LUMINEの見物がてら、まずはビックカメラへ。
「E26口金、60W相当の明るさで消費電力少なめ、光が広がるタイプ」
というものを2個購入しました。


■ボラセンの現状:その1
他のボラセンでは社会福祉協議会という非営利民間団体が運営しているのですが、石巻市管轄のこの牡鹿ボラセンには配置ゼロ。
全てボランティアで運営をまかなっているということ。


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食料調達は、ボラセン近くにただひとつあるコンビニ(画像)と、
週に1回開催される復興市が主とな。もちろんながら全て実費。

レーベン号のリーダーがボラセンに電話をかけヒアリングをし、
「お米はある、レンジはブレーカーがとぶ」という情報を仕入れてこられたので
私はこの日、有楽町LUMINEに入っている無印で、
「お米にかけるもの、お米にあうもの」というポイントで
わずかながら、こんなものをセレクトしてみました。


・混ぜごはんの素(沖縄風ごはん)
・混ぜごはんの素(梅五目ごはん)
・食べるスープ(発芽玄米入り参鶏湯)
・食べるスープ(オクラ入りねばねば野菜)
・食べるスープ(ピリ辛チゲ鍋)

LED電球も、節電食材も、お恥ずかしながらこの時初めて考えたもの。
毎晩レンジ多様の生活を改めねば、と反省しました。

今まで電気なし、そしてこれから寒い季節は暖房なし……
想像するだけでとても切なくなります。


■ボラセン現状:その2
これは、ボランティアの方々が作業報告書などを作成する受付↓


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他の場所でボランティアセンターを見たことある方はびっくりするかと思いますが
記入場所、画像の通り1席です。


公民館の受付っぽいといえばそうですが……
牡鹿を訪れるボランティア活動者の人数の少なさを物語っています。
そして、日中はこの1箇所のみの点灯。


こんなつましい形で、牡鹿ボラセンは運営されているのです。
何度もいいますが、ボランティアの方々のみで。
多摩や千葉など、関東から入っている女性もいらっしゃいました。


■ボラセン限定グッズ
1階では手作りのチャリティTシャツ、通称「鹿T」が販売されていました。


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私が訪れた時は、お目当てのグレーの小さめサイズが全て完売。
赤ベースのものは、クリスマスにもよさそう???


■おでんカー
この日、ボラセンの外では、地元の方の車出店で
おでんと焼き芋が販売されていました。


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おばちゃんにお話を聞いたところ、冬メニューはこの日からのスタートだったそう。
活動を終え、私がボラセンに戻ってきた16時頃には、すでに焼き芋は完売。
油揚げと里芋を注文したら、大根を1つおまけしてもらえました。

おでんにじゃがいもじゃなくて里芋。これは地域性なのかな?
宮城在住時、この季節によく行った芋煮も里芋だしなぁ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


最後はほっこりした感じのレポートになってしまいましたが、
とにかくこの牡鹿ボラセンの現状は、訪れて知って驚くことばかり。
宮城からの通いボランティアの方も、県内からでも車で1時間半かかるので
土日に活動に入る時は、ボラセンの2階に泊まっているそうです。
県外からの自家用車参加組もそう。
この先、冬を迎えていけるのだろうか……


アシなしボラガールの私にとって、
ボラバスの存在は東北被災地と自分をつなぐ生命線のようなもの。
牡鹿半島行きのボラバスは、私が知る限りごくごくわずか。
そのうちのひとつが、路面凍結などの諸事情を理由に年内最後の運行に。
石巻市街地からはくねくね山道を越えて半島に入らなければいけず、
確かにもう少し寒くなって路面が凍結したらとても危険な道。
これは自家用車にだっていえることです。


今後長期的に関わっていくためにはどうしたらいいだろう。

これは、自身初の相乗りボラか???
初回訪問以上にいろいろ考えさせられた、牡鹿入りだったのでした。


次回は、実際の活動内容をお伝えします。


■関連リンク
レーベン号の予約・ブログはこちら>>
ワーカホリック女子のレーベン号体験レポートはこちら>>

ワーカホリック女子の行く、週末東北ボランティアレポート。


10/28(金)夜発、10/30(日)早朝つくば帰りで
自身ボランティアとしては初の岩手・陸前高田に行ってきました。

今回も2週前と同じく、レーベンコーポレーション社の出す
「レーベン号」を利用させていただきました。
レーベン号についてのレポートはこちら>>


前回の牡鹿半島へは1人で潜入体験(笑)でしたが
この日は日程の調整ができ、レーベン号を先に体験していたボラ仲間と、
私が4月に初めてボラに訪れた際に知り合った千葉在住の女性。
あわせて3人のボラガールズでの参加となりました。


陸前高田は言うまでもなく、この震災で甚大な被害のあった場所。
初期からTVでの報道も多く、数多くのボランティアバスツアーが
組まれています。

朝ボランティアセンターにつくと、見覚えのあるコレが。


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会社の外注デザイナーさん、大学のサークル仲間、高校の後輩……
今まで陸前高田を訪れた知人のUPした写真に必ずのっていたこの塔に
初めてお目にかかりました。


一時期1日1000人以上はいたボランティア活動者も
今では180人程度の日もあるほど激減している陸前高田。
とはいえ、大型バスが乗り込めないほど、土曜の朝はごったがえしていました。
何とか駐車場に乗り入れると、ボラセンスタッフさんがバス内に登場。



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「みなさん、おはようございます。今日も一日よろしくお願いします。
ここで簡単に本日の作業の流れと、これから活動する場所の今までの経緯を~」


と、ボランティア活動が初めての方も、何度か来た方も
絶対に必要(だけどあまりアナウンスされることがない)情報を
次から次へと説明をいただきました。


■広田半島・広田町について
今回活動に入ったのは、陸前高田のボランティアセンターからも
バスで数10分かかる広田半島の広田町、羽根穴地区。
今もなお、350人の方が行方不明だそうです。


震災時に道路が寸断され、一時陸の孤島状態になった場所。
住民の方は、しばらく救援が入らないことを想定し、
その場にある食材を想定日数と住民の人数に分けるなど
地域がひとつのコミュニティとしてその後に備えていたとか。


「陸前高田で一番釘の踏み抜き事故が多い場所です」
「顔の分かる写真があったらセンターに持って帰ってきてください」
「万一骨を見つけたら、動かさずにお知らせください」

という注意事項に一同、改めて緊張の空気が。


最後に
「ケガをしないように注意してください。
これはみなさんのためでもあり、住民の方々のためでもあります。
これ以上犠牲になる方を見たくないと思ってらっしゃいます。
そして、明るく元気に活動してください」

と。


被害の大きさはもちろんのこと、この地に継続して訪れる人が多い理由は
このボラセンの運営スタッフさんの尽力もはかりしれないと思いました。


■活動内容
今回の活動は、「元」田んぼに集積した瓦礫の移動。
一時的に集められた瓦礫は、台風の影響もあるのか周囲のぬかるみが激しく
重機が入れない場所にあるとのこと。


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まずはベニヤや畳などで道までの足場を作るところから始めました。


別の場所でお宅に入った際に、処分するものをできるだけ道路寄りの私有地に
置いて下さいと言われ、玄関の前に山積みにするのを躊躇した経験があるのですが
その後のことを考えると、それは利にかなったやり方なのだな、と。


瓦礫といっても、取り壊したお宅の壁や家財などだけでなく
トタン屋根1軒分など、人力ではどうにもならなそうなものもゴロゴロ。

この日のレーベン号は36人乗車。うち男性20人強。


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男手総出で移動成功。まさに人海戦術。


これまたものすごい重いアイスケースを
職場の仲間で参加された男性5人で移動↓


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ボランティア活動に「人」が「集まる」ことの重要性を改めて感じた一日でした。


男性陣が働きアリと化してヘビーなものを移動する中
女性陣は細かいものをネコ(一輪車)に集めてちょこちょこ移動中。


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活動終了時間までに全てを移動することはできませんでしたが
大人数で動かすべきものは全て完了しました。


一部再生ができた田んぼで農業を再開する方や
「家は無事だったんだけど、趣味のものが置いてあった納屋が流されてね~」
と集積場に探しにくるおじいちゃんなど、
近隣に住む方の「今の姿」にふれることができたのがうれしかった。
これは報道では分からない、現場に足を踏み入れた人にしか味わえないこと。

ボランティア活動の意味って、こういうところにもあると思っています。


■昼食
昼食は、レーベン号さんが地域のお弁当屋さんに注文したお弁当を。


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揚げ物満載。ボリューム満点。
活動時間中にバスの運転手さんが取りに行ってくださいました。
日中にみんなで囲むお弁当。いいもんです。
しかも、このお代は参加費4,000円に含まれているから驚き!
(※注:参加日は11/4発便よりできた東京着コースは+500円となりました)


■トピックス
ボランティアセンターで購入した復興支援グッズ。


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その名も「瓦Reキーホルダー」500円。
活動で拾ってきた瓦礫を地域の方々が磨いて手作りで作成されたもの。
その場所その場所で、いろんな工夫があるなぁ。


■採れたてランド
ボランティアセンター近くにある「採れたてランド」


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地元でとれた新鮮な野菜や果物が、リーズナブルな値段で手に入る。
特にりんごの種類が豊富!


■入浴・夕食
陸前高田を離れ南下し、気仙沼プラザホテルへ移動。
ここでお風呂に入らせていただき、
おさかな市場に併設されたお食事処で、旬のさんまの刺身をいただく。


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■私見
一度訪れるその地に愛着がわき、その後の経過を自身で追いたくなる。
これが、ボランティアに行って初めて芽生えた感情。


私は宮城在住経験から、これまで宮城中心に活動をしてきたけれど
厳密に言うとその場所ですら、在住時にゆかりがあった場所ではない。
でもそれでいいじゃないか。細かいことは抜きにしよう。


陸前高田からの帰り道、日が沈みかけの時刻に通った気仙沼。
ここはまた大方が流された陸前高田と違い、
建物が残った状態で被害の状況が見て取れる、独特のメッセージがありました。
また気になる場所が増えてしまい、分身の術が使いたくなってきた……


そんな複雑な思いを胸に、関東に戻ってきたのでした。


■関連リンク

レーベン号ボラバス詳細についてのレポートはこちら>>