台風8号は、全く肩透かしだった。

よかった。

たいして雨も降らず、風も吹かず、夕方6時には、富士山が見えていた。

概ね予想外に静かな一日だった。
飼い主は、何度も外を見て、いつ台風らしく降るのかと気をもんでいたのだが。
ボクは日中3回も、外を歩いてトイレに行くチャンスがあったんだ。






台風が過ぎ去った今朝は、梅雨の真っ只中のような景色だ。
屋根は艶々と雨に濡れ、霧が流れ、捨てられた不織布マスクのような汚らしい感じの空。

 


そして家の中には、



扇情洪水滞

である婆様が、いつも通り杖の音を響かせている。



昨日、親戚の人が、ブルーベリージャムを作ったからと、届けてくれた。
せっかくのものだが、飼い主はマーマレードしか食べないので、ジャムは必然的に婆様のものとなる。
それは構わないが、ジャムだけあっても困る。
飼い主は、雨のやみ間にコンビニに行って、婆様専用の食パンと牛乳を買ってきた。
飼い主は常に食パンは用意しているが、それは婆様に食べられたくないのだ。
気にいって買った5枚切りだから。
勝手に開けて、ろくなしまい方をしないから、大事なパンがカピカピになる。
牛乳も、婆様は冷蔵庫にあるものを「もらって飲む」という言い方をする。
飼い主は、それが大嫌いだ。
だから、建前は婆様が心置きなく飲めるように、本音は飼い主の牛乳を必ずスプーン1杯分だけ残して置かれるのがムカつくから、わざわざ別に用意して、婆様の名前を貼っておくことにした。
もちろん、お金はもらわない。
息子が外食に出かけようとすると、
「○ちゃん(息子)、家で食べればタダだよ。」
と言うような婆様だ。
少額だろうが多額だろうが、もとより払うつもりはない。


飼い主は、婆様のいる離れにだけ、集中豪雨があれば良いと願いたいのだが、残念なことにBSアンテナが離れの近くにあって、大雨だと母屋でもBSの画面がザーザー降りになるので、かろうじて祈祷を控えている。





「台風は、行ってしまった、か。」
行ってしまった結果、もういないよ、ということだ。
現在完了形の、【完了・結果】だ。
「我が家の台風は、ずっと滞在しています〜。」
同じ現在完了でも、【継続】ですね。



雨があがると、婆様が4WDの手押し車を出す音がする。
それを聞くと、優しくなれない飼い主だ。
梅雨でも立秋でも残暑でも、変わらぬ


歳慈棄。





先日、ケアマネさんが来て、婆様はここぞとばかりに、自分の不幸・不運・窮状を訴えていた。
飼い主の耳に入れたいのだ。
飼い主は、不愉快だ。
婆様は、恵まれていることには目を向けず、自分がいかにかわいそうな年寄りかをアピールすることに専心するのだ。


昨日も飼い主は、婆様の箸の先端が欠けていたのを、黙って新しい箸と取り替えた。
婆様は、それには何も言わず、ことあれば自分の痛い痒いだけを口にする。


ケアマネさんは、婆様の泣き言繰り言をウンウンと聞いて、
「そうなんだね〜、○子さん(婆様)頑張ったんだね〜!」と、優しく言う。
プロだ。


飼い主は、自分は絶対に、そんなプロの発言はできない、しないと思うのだ。
プロは、職業だ。


「私は、言わない。


嫁にとっての、踏み絵なのだ。」



飼い主は、日本全国の、お嫁さん方にむけてつぶやく。
「お盆に姑に会いたくないお嫁さんも多かろう。
コロナは困るが、それを口実に、加えて台風に、人知れず救われたという人もいるはずだ。
それはそれで、いい。


どんな状況でも姑がいる私は、なんか、性格悪いのに年季が入ってくるだけだわ、ハハハ。」


飼い主。
台風一過の青空だったら、こんなに暗くなりませんでしたね。




 
さて、朝の散歩から帰ると。
婆様は、飼い主の牛乳の方を飲み、いつもと同じように、わざと一口分だけ残したパックが冷蔵庫に戻されていた。
全部は飲んでませんよ、という意味だ。



ドドーン
飼い主の頭の中に、打ち上げ花火。



🎆🎆🎆🎆🎆



婆様は、自分専用の牛乳には気づかなかったという。



飼い主は、心の中が、線香花火のようにチリチリしたままだ。


🎇🎇🎇🎇🎇🎇🎇🎇🎇



飼い主は、婆様の名前を大きく書いた紙をもう1枚、牛乳に貼った。
だが、反省した。
「婆様の牛乳に紙を貼るのは間違いだ。
私の牛乳に貼るべきだった。
【お婆さん専用のがありますから、そちらを飲んでください】と。
私のやり方が悪いのだ。」



飼い主は、浅い呼吸を整えて言う。
「たかが牛乳で、嫌なかけひき、嫌な気分。
避けられない災厄。」



うーむ。
台風は、毎年のこと。
婆様は、毎日のこと。



The  typhoon  has  gone,

but

というところですね…。