泣ける手紙・・・ | 愛娘よ、ロックに生きてるかい?

泣ける手紙・・・

インキと煙草を持つて来なかつた故(ゆえ)不自由してゐるよ。やはり持つ物は持つべきだね。お前は大阪にゐる時から出征したらどこかに働きに行くと言つてゐたが、それは許さんぞ。どんな事があつても身重であるお前が働きに行く事は許可せん。兎角(とにかく)お互いが元気で会う日迄(まで)元気よく日々をすごそうではないか。亦(また)帰れば新婚の様な気持ちで日を送ろう。大三輪神社思ひ出すよ。八日の晩の映画思ひ出して仕方ない。でもお互いが別れた今は帰る迄仕方ないやないか。何回もいふ事であるが、勝手な行動丈(だけ)は厳禁するよ。最後に 

酔ふ心 君に訴ふ事ばかり ただに言へない吾(あ)が胸の内 

頼むぞと 親兄姉に求めしが 心引かるゝ妊娠の妻 

駅頭で万歳叫ぶ君の声胸に残らむ昨夜も今朝も 元気で。


我子を授かった愛する妻を残し

レイテ島に出征した兵士が奥さんに送った手紙だね。

この兵士は我子を見る事は無かった。

そして奥さんも、万歳で見送ったのが最後、

産まれてきた子供は、父を知らない。


そして遺骨はいまだレイテのどこかに・・。


愛する夫が、戦地に赴き、

毎日の不安の末に、戦死を聞かされる。

更に遺骨とも会えない。


泣いちゃうよね。

悲しすぎる、せつなすぎる。


こういう悲しい兵士の魂を鎮める為に

靖国神社がある。

全てを英霊として祀る。


レイテ島を含め、アジア前線は過酷だった。

戦いはもちろんだけど、

戦う以前に、配給が機能しない為、

食べるものすらままならない。


今の平和があるのは

こんな悲しい物語があるから。


パパ達は何が出来るだろうか、

そう考えて始めた


靖国の御霊に

故郷の新米を召し上がって頂く集いの会


今年も新嘗祭の日に靖国神社でね。

新嘗祭昇殿参拝
神職一同が本殿に入られ神饌の儀、

神楽の後にパパ達も本殿にて玉串奉奠。


今年は中越地震の時に

被災地でお手伝いをした

山古志村の新米を手配した。


年に一度だけど

こういう1日があるのは良い啓蒙になる。

戦争への憎しみ、悲しみ、平和への思い、

そして今の平和に、英霊への感謝。

オマエや弟との幸せを感謝。

平和ボケへの少しの心配。


もう少ししたらオマエを連れて行きたいね。