最近、空を見上げて写真を撮るのが習慣になっている私。


気づけば、

「今日の雲はどんな形かな?」と探している。


この日の雲は、不思議な形でした。


天狗さまみたい?

それとも赤ちゃんが寝転んでいるみたい?


雲はただの水蒸気のかたまりなのに、

そこに物語を見つけてしまう。


最近は、

小さい頃みたいに、ずっと一緒にいる時間は減りました。


気づけば、それぞれの世界ができていて、

空を見上げる時間も、少しずつ減っている。


だからなのかもしれません。


雲を見つけると、

つい写真を撮ってしまう。


「今日の雲、こんな形だったよ。」


と、あとで見せたくなる。


ふと思い出したのが、

子どもが小さかった頃のこと。




保育園の連絡帳に書かれていた、あの日の記録。

「きっと急いでいるんだよ!」


と答えた、あの一言。


当時はただ「かわいいな」と思っていたけれど、

今振り返ると、あれは立派な“発達の瞬間”だったのだと思います。


見えているものに意味を与える力。

動きを感じ取る力。

そして、それを言葉にして伝える力。


想像力は、

特別な教材で育つものではなく、

こういう何気ない空の下で育っていく。




今も、親子で空を見ることはあります。


でも、少し変わったことがひとつ。


昔は、


「天狗さまかな?赤ちゃんかな?」


と想像していたのに、


今は、


「ママ!あれ、ポケモンの◯◯みたい!」


になっています。


発達は、“できる・できない”だけではなく、

見える世界が変わっていくこと。


同じ雲を見ているのに、

見つける形は少しずつ変わっていく。


でも、


空を一緒に見上げる時間があったことは、

きっと消えない。


育っていくのは子どもだけじゃなく、

それを見ている親のまなざしも、

少しずつ変わっているのかもしれません。