Gの小学校生活最後の授業参観でした。
 
 
タブレットを使った授業にSFの世界が現実になってる感じ…
都会の学校ではなく島の1学年1クラスの
ヤギの声が聞こえる小さな学校で
全員がタブレットを持っている
何だか面白い…
G、わからなさそう
サポートの先生が付いていたらなぁ…
 
それにしてもG父クラ足は授業参観に
1度も来なかったのが腹立たしい!
学芸会も運動会も1度も見ず終い
ほんとムカツク
 
イヤミを込めて
『小学校生活最後の授業参観です』 と写メを送る
マナーモードでおしりがくすぐったい。
『頑張ってるね』 と返信が届く
な~にが頑張ってるねだ
また着信
授業が終わってから読もう
 
 
チャイムが鳴り、教室を出て駐車場へ
1件、返信するメールがあったので
駐車場の車の中で作成、送信
すると東京都町田のその人が 『大きな揺れ』 と
慌てて着信のメールを確認すると東北地方で大地震と
いつも居所を知らせず動き回っているクラ足に 『今どこ?』とメール
『宮城』
何で今日この時間に宮城に居るんだ!
ついこんなことを思う
 
大きなショッピングセンターで仕事中に地震
落ちて来た天井やショーケースでケガをしたけれど大丈夫
その日のうちに連絡が取れ宿泊先は宮城の登米だと
わかったものの間もなくメールも途絶えた
そこから2日半連絡取れず
 
 
石垣島にも津波警報が発令された
到達は。
用事を済ませ帰宅
Gの学童デイに電話
『ここは低いし海に近いので夕方は迎えに行きます
 そのままセンター(デイのある建物)でしばらく様子をみて
 連れ帰ります』
炊飯器の中の夕食用のごはんでおにぎりを作り
冷蔵庫の中の物で簡単なおかずを用意
水筒とバナナも持って出発
 
授業参観に行く前、
家の中に置いてあった寝袋が目に留まり
避難所とかでしか使わないんだから車に積んでおこう…と
座席の下の収納スペースに押し込んでいた
そう遅くはならないはずだけど
 
 
デイに迎えに行き
センターのロビーでテレビを見ながら夜を迎える
テレビの中の惨状を見てここが何でもない事が
不思議に思える
映画のような
映画ならいいのに
 
 
近県や沖縄本島の潮位の変化などで安全と判断
帰宅後にGを風呂に入れ寝かせた
時間は少し遅めだけどいつもと同じ
でも今、この時も…
 
 
 
これが私の2011年3月11日でした。
確かに自分の生活では1年前だけれど
大地震、津波からは1年も経ったとは思えません。
 
 
先日のフジテレビのとくだねの中の古文書プロジェクトで
石垣島の明和の大津波を取り上げていました。
最大85mは測量にミスがあったのではないかと言っていましたが
津波で打ち上げられられたサンゴ岩(バリ石)の大きさは
驚異的なものでかなり陸地に入ったところにもあります。
東北のあの日と今を忘れてはいけないのと共に
自分にもいつどこで何が起こるか分からないと言う事も
神経質にならずにバランス良く
でもしっかりと頭に置いておかねばと
改めて思いました。
 
 
あの後、連絡が取れなくなってから市役所の総務課に行くと
単身赴任している人が居る、岩手の大学に行っている子供が居る
そういった人は情報を寄せて欲しいとおっしゃってましたが
寄せて欲しいという事を知るすべがないではないか…と
思いました。
 
警察にも問い合わせてみましたが
『いや~、こういった事は初めてなんでこちらでは何も…』
呆れたので突っ込まず電話は切りましたが…
向こうの警察に電話をしてみてってアータ!つながるわけないでしょ!
と、いうことで警察は頼りになりませんでした。
これは大きな教訓です。
 
 
これからも1クリック募金がある限りこれは続けます。
そして忘れません。
1日でも早く東北のみなさんの生活が落ち着き
少しでも穏やかな心になれますように。
 
 
 
昨夜は天国に2万発の花火が打ち上げられたそうです。
 
募金のためのペットボトルを置いてくれる店を
探してたたみちゃん、お疲れさまでした。
企画して取りまとめて送金したレキオのオヤブン2号の佳織ちゃんは
風邪をひかずにスタッフとして頑張ったかな。
いっぱい泣いただろうね。
 
 
1年か…