校長先生が何人居てもさすが!と思うことにはなかなか
当らないようです。
 
Gの学校の一大行事の川下り。
イカダには6年生が朝早くから乗り込み途中の洞窟などを見たり
冒険と勉強をしながら川を下り河口で幼稚園生から5年生までに
迎えられ上陸します。
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明日が先生方の下見ということでどの様に参加させる事が出来るか
私も一緒に見に行きたいと申し出てました。
明日はその様子を記事にしようと思っていたのですが…。
 
以前に 『乗れるかな~?』 と言ったら経験のある父兄から
『先生に支えてもらって真ん中に乗れば大丈夫よ』 と言って
もらいました。
しかしひっくり返ったこともあるそうなのでGがみんなと同じ条件で
乗るのは難しいことは分かってます。
 
この棒でイカダを押し進めているのは地元の方なので
先生がGを抱えていても漕ぐ必要はあまりないので行けるかもと
思いつつ、この目で確認し、よく知る人の助言を1番に考えようと
と思ってました。
プラス、私はカヤックを借りて併走して救命具などを乗せようか…
長い距離が無理で途中で危険がなく乗り移れるのなら
カヤックに移して、またはカヤックから移っても良いし…など
漠然とですが考えてました。
明日の下見でその辺りの疑問がクリアになるかなと。。。
濡れてもいい準備…何を着る?何を履く?…
 
ところが校長先生が危険なので許可できないと言われたそうです。
どう参加させたら良いか考えましょう…ではなくまた話は否定から、
排除から始まりました。
何かあったら…それは誰にでも同じこと。
その時には学校の名前が出る…他の子だった出ないの?
Gを排除する論点が違います。
 
この世の中の考え方は変わらないのですか?
言葉だけのノーマライゼーションなんかクソ食らえ!です。
 
『来年はいよいよGくんの番だね』 と言われずーっと出迎えて来たG
参加が認められないなら当日は欠席します。
6年生のみんなの事は心ではもちろん応援しますが見ていられません。
学芸会でも川下りを劇にしたり本当に大きなことなのに…。
 
これから参加の仕方を考えましょうと言われても
今日受けたショックは消えません。
癒えたとしても0ではないんです。
こんな事を何度も何度も何度も何度も…
こんな気持ちを何度も何度も何度も何度も…
それが障がいがある子を育てて行くことの現実です。
 
んじゃしたら、またん、含みぬならん、デンサー…
『言葉は1度出したらもう口には戻らない』 デンサー節の歌詞の一部です。
 
 
どうなりますやら…