いくつか前の記事(太鼓の)のコメントで曲や歌で泣ける話になりましたがオリンピックテーマになっていた
ゆずの 『栄光の架橋』 は何だこの歌は!!と思って大泣きしました。
↑↑歌詞を読んでみてくださいね。
全部自分に当てはまると思ってますが一部を…

  あの時想い描いた夢の途中に今も 何度も何度もあきらめかけた夢の途中
夢はGのこと…。


  悔しくて眠れなかった夜があった 怖くて震えていた夜があった
私は何があっても眠れる人なのでここまで寝込むことも少なくやって来れました^^
けど『あんなに頭歪まして』と言われた時、抱き方が悪いうんぬんと言われGをひったくられた時、
学校サポーターが付くことが決まった報告会の直後に教育委員会の人に
『ところでGくんは養護学校の方が良いんじゃないですか、お母さん』 と言われ胴上げの途中でドスンと
落とされた気持ちになった時、次の手術が決まった時、手術が終わるのを待ってる時。。。。。。
そんな時は悔しくて、怖くて…。


  思い出せばこうしてたうさんの支えの中で歩いて来た
本当にそう思います。

Gが生まれる前から家に寄り付かなかったクラ足。
だから妊娠中毒症だった私の事を心配して近所のおばさんが電気が付いたかね~?窓は開いたかね~?と
私の様子を心配してくれてました。
私も1日1回はゆんたくに出掛けGが生まれてからもそれはしばらく続きました。

生まれた時に小さな命を助けて下さった産科の先生、小児科の先生、失明を防いでくれた眼科の先生…
NICUの看護士さんたち…一緒に泣いて笑って困って喜んでくれました。

今はデイサービスなんてカチコチとした場所になっている施設は最初、とにかく子供と一緒においでおいで~って
暖かくて優しい場所でした。
妊娠中に竹富から石垣に引越してあれよあれよの間にGが生まれたので友だちもなく小さなGを連れ歩く心配も
あって引き篭もりがちでしたからどれだけ精神的に助かったか。。。
イザとなれば助けてもらえる場所がある…そんな風にも思えました。


  悲しみや苦しみの先にそれぞれの光がある 
 さあ行こう振り返らず走り出せばいい 希望に満ちた空へ…

 誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった

 いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
 だからもう迷わずに進めばいい
 栄光の架橋へと…

 終わらないその旅へと
 君の心へ続く架橋へと…

少し早いけど担任のM先生、ありがとうございました。