アルバムの中の1枚の写真、
その写真だけが
セピア色に変色していました。
何故他の物に混じって
一緒になっていたのだろう??
長女がまだ2歳にもならないときの写真…
家にある長女の写真は
5歳を過ぎてからの写真しかない筈なのに…
それまでの写真は全部母に預けてあります。
私は何処に保管しているのか知りません。
聞くこともありませんでした。
長女には本当に申し訳ないと思っています。
一番可愛い時の写真を見た事が無いのだから…
もしかしたら、小さい時に母から
見せてもらったかも知れない、
でも私は知りません。
父母と別居していた時に(歩いて2~3分の所です)
しょっちゅう遊びに行ってた娘に
母は見せていたかも…
母に聞かされた事があります、
『〇〇美(長女)と一緒に歩いていたら
前からくる男の人を見て
〇〇美があの人、お父さんに似てるって言ってた』
よほど、父親の事が恋しかったのでしょうね、
私は罪な母親です。
前夫は私と別れた後しばらくの間
母の家に長女にと言って
毎月本を送って来てました。
子供達のことは可愛がっていましたから…
でも私や娘達とは一切会わないと言うのを条件に
養育費は貰わなかったので
約束だけは守ってくれました。
それでも母とだけは連絡を取りあってました、
私の実家には借金返済が有りましたからね。
長女はお父さん子で
父親にとても懐いていました、
いきなり会えなくなり
顔は見た事はあってもよく知らないおじさん(夫)と
暮らす事になり
どんな思いだったか…
小さいとはいえ5歳、心を痛めていた筈…
でも、私には何一つ父親の事は言わなかった。
夫の事を最初は〇〇さんと名字で呼んでいた娘、
夫がそれはやめてくれと言うので
お父さんとすぐに呼んでくれた素直な子です。
子供の気持ちも分かってやれなかった、
夫の気持ちも分からない、
人の心を汲み取るのが苦手、
天然と言えば聞こえはいいけど
鈍感で気遣いが出来ない私…
そんな頼りない母親の私なのに、
幸い長女は横道にそれることも無く
無事に過ごしてくれました。
あんな目に合わせた私の事を責めることもなく
夫が亡くなったあとは
私をいつも気にかけて支えてくれています。
一つ前の記事に写真を限定でアップしておきます
良かったら見てくださいね。
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